体戻りました、悪い方に・・・。 遊びに夢中で走り込みなどほとんどさぼって遊びほうけていたので多分増量&筋力低下は避けられないでしょう。
昨日今期第一戦が行われておりました。 あにきはI69さんと組んで近年まれにみないほどしょぼい負け方をしたと言っていました、が・・・近年まれにみない負け方とはいったいどういう負け方なんだ?
リーダー繁は卵パパと組んで出場。 俺にはとても気持ちが分かる負け方をしたようだ。 第1試合は乗れていたが足を引っ張られて乗り切れずにやり足りないうちにいつの間にか負けるパターン。 2試合目ではそのストレスを降り払おうとして望んだはずだがペースの遅いゲーム展開にいらいらだけを募らせて負け、おそらく総括するとこのパターンだろう。
試合はほとんど見ていないが仕事で呼ばれて決勝戦を少し見た。 みんなうまい!と思ったがやはりダブルスは狭くそしてせせこましく感じた。 ダブルスが好きな人に悪いのかも知れないが、やはり俺はダブルスは好きではないようだ。 まぁ好きになれれば良いのだろうけれど、今までの負けた思いや悔しい思い、やりきれなさがよりそう見させるのかも知れない。 とにかく、妥協して勝てなくても良いから出るとか、負けても良いから出るとかいうスタンスはやはりやるべきではない。 自分にあきらめが生ずるし、悔しさを正常に受け止められるようになるまではやはり出場すべきではない。 ペアに対しての怒りなどさほど感じたことなどないが、それは自分がどうあるか、どうありたいかを大切にしたいからで、やはり無理矢理勝てる算段が立たないうちに出場するのはよそうと思う。 テニスを嫌いになりたくないしな。 しかし来月初頭に試合がある。 ここまでは間に合わせるつもりで頑張ろうと思う。 正直今のままでも結果は出せると思う。ごまかしはうまいのだ。ただそういうプレーが死ぬほど嫌いだ、やられるのも嫌だがそれを自分でやるなんてもっとごめんだ。 良いショットなどいらない、B級ダブルスなんて。 決勝リーグくらいは今でもあがれる。 乱打や練習なんて試合には関係ない。 試合に必要なショットと練習で追い続けるショットは違う。 相手がとびきりのプレーヤーならば負けるかも知れないが0−6で負けることはないし、逆に言えばとびきり生きのいいプレーヤにこそ試合だからこそ使えるショットがダブルスにはある。 でもそういうプレーもしたくはない。 自分のイメージするテニスを可能な限り表現してその上で勝つことに俺は意義を感じる。 馬鹿かも知れないけれどそうしようと思うところに俺のテニスへのモチュベーションがあるような気がする。
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