| 2011年02月15日(火) |
半生の記憶・・・雪と言えば由紀さおり(別に洒落でもなんでもなく) |
いやー昨夜から今朝の雪。それによる鉄道ダイヤの乱れ、 何もよりによって今日じゃなくっても。 ウチのお兄ちゃんの、かなり大事な試験の日なんだけれどもね。まあ、早く家を出してやったから大丈夫だけども。 大体、こんな少しの雪で何故、東京の鉄道はすぐだめになるのか、おかしいでしょ。 笑っちゃうくらい脆弱な交通システムだ。
そんな受験生や親の心配な思惑に関わらず、娘は、はしゃぐ。 学校を休んで遊べるものなら遊びたいとか言って。 郵便受けの蓋の上に積もった雪を掬って、何かのケースに入れて、冷凍庫に入れてみたりとか。 後ろ髪引かれるような様子で登校していった。 多分、あの娘の脳内には、幼稚園で連れて行ってもらった雪山保育の体験が蘇っているのだろう。
雪って言えば昔、小さい頃、2メートルくらいにフカフカと積もった雪に登れば 屋根から下がる氷柱に容易に手が届くので、 そのツララをポキポキ折っては、遊び疲れた喉の渇きをいやすために食べてたっけ。
そして、雪を見るたび、その幼児の頃の感覚を思い出すたびに、 何故かなんだか分からないが、もの哀しくなる。 そして脳内には、由紀さおりの「夜明けのスキャット」がBGMで流れたりするのだ。 らーらーららーらー、とあの短調のメロディが頭の中に流れ出すと 自分のルーツをあれこれ逡巡してしまう。
私の一番古い記憶はいつからあるのだろうとか。 人間が、自分の顔を、鏡やカメラ以外では直接見ることができないのは、どうしてなんだろうとか。
小さかった自分が、いろんな変なことや嬉しいことや我儘なことや厳しいことや優しいことや甘いことや塩っぱいことを 沢山味わって、覚えて、忘れて、泣いて、笑って今の 中年を迎えたこの歳のヒトになってきた時間のことを、 いとしいっていうかもの哀しく、 思い出す瞬間が来るのだ。 雪を媒体として。
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