☆ここ10年以上も、アルバムに貼らずにためていた写真たちが、やっと整理されつつある。 時に順不同でランダムに出てくるそれらを、次々に見てると 奥に仕舞われていた五感の記憶がどんどん引き出されてくる。
坊主頭に近いほど髪の短い娘だとか 頬っぺたの丸いオカッパ髪の息子だとか 10年前の写真が出てくれば10年前の記憶が そのころの歌、手触り、想いとともに 一気に頭の中を占領する。 脳内もシャッフル状態。
そのとき私が感じていた以上に、子どもたちはもっとずっと面白くかわいい存在だったんだ。 なんだー、何故、もっともっと味わえば良かった。 そしてそのとき私が感じていた以上に、夫は若かったし、ナイーヴだったし、精一杯頑張っていた。 意識してなかったけど。そんな気がする。
去年と今年で、もう違う。2004年と2005年でも違う。 子どもの表情。 笑顔のアウトラインは変わらないが、 纏ってる何かがどんどん変わる。加わり増す。成長。
(一方、45歳の私は?)
☆17歳の息子の、この頃、井の中の蛙な状態から脱却させられるいろいろ:
高校でテーブルマナー教室ってのがあって帝国ホテルにてフルコース食べてきたり (メニューにフォアグラがあったんだって、ああ良いなあ) 推薦で大学決まった学校の先輩の論文や自己アピールの文の深さに感嘆したり (でもその自分は遅刻の多さとかアレとかアレとかでどうせ推薦は狙えないケドと) 予備校のイベントで某有名な日本史の講師の熱い「この教室にいま座ってる人数の中であの大学に受かるのは一人だけだ」みたいな話に燃えてきたり
と、 口数は少なくなってきてるけど この年頃にしてはまだよく親にもおしゃべりする息子。 将来への不安もどこかに含みながらもベースにあるのは楽観主義。
そして時にこっちが思いもつかないことを言ったりしたり。
けど、もっと世界は広い。 無邪気なだけじゃ泳ぎ切れないだろうけど その、女の子にはない男子ならではのビックリ箱は 大事にしてもらいたい。
☆もうすぐ12歳の娘の、この頃、いろいろ:
学校のハンドベルサークルに久々に復帰したり (集団でしか奏でられない懐かしい感覚を楽しんだことでしょう) 今までの遅れを取り戻すかのように放課後毎日違う子と遊んだり 親友にどうしても手作りの何かを贈りたいと創作活動したり
何でも前向きに楽しみ尽くす彼女、誰に似たのか全くわからない。面倒くさがり屋の私とは大違いだ。 そんな娘に、学校の「巣立ちの日」の会で親からそれぞれに子どもに手紙を渡すこととなり 私が準備したのがこれ ↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr2/bin/day?id=23448&pg=19980317
我が子に私なんか敵わないなー、とつくづく感じている。正直。よくこの親を選んで来てくれたよ。 私より家庭科もずっと上手だし。 今までお世話になった学校の先生がたへのお礼としての 巻き寿司作り(切り口に花の図柄が出るようにする。子どもがデザインを考えた手作りカードも添えられる)も、 手伝い親の私より、娘のほうが手際良いし。
☆ヒトが紆余曲折を経ながらでも発展していくのを間近で感じられるっていうのはそれ自体が 結構楽しいんだってことを、もっとずっと以前に知りたかったけど。 そのことを周囲に(横と縦に)伝える番になったのかも。
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