| 2009年03月17日(火) |
娘11歳BD/どこで遭ったのかは覚えてなくても/蒲郡風太郎の為に |
「ねえ聞いて聞いてー!十人集まったのー!」と小躍りしていたっけ。
ウチの子の小学校のクラブ活動は、既存のクラブの他に児童が新規に何か立ち上げてもよく、 友達と娘は二人で「文芸クラブ」を春から発足させることにしたという。 企画書も通り、存続条件の部員十人以上も何とか集めることに成功し、晴れて成立確定らしい。 小説なんかを書いたり読んだりするクラブらしいが、何をどうするつもりなんだろう。謎だ。 好きってだけで、大丈夫か? なぜか区で選ばれた彼女の作文にも小説書きたいとか書いてあるし。てことは、上手いかはさておき、それが好きなんだ。やっぱり。
現在執筆中のは異世界から来た少女の話らしく、 クラスメイトに読んでもらい、男の子の読者も僅かながらついてくれたそうな。 オチをどうするか決まってないらしい(笑)。 でもその作品自体を親の私には見せてくれてない。 見せてって言っても見せてくれてない。
見てみたい。あ、でも 全部見せてくれないからって私はそれほど寂しくない。 (いや、むしろそのほうが嬉しい。)
息子も娘もそうだけど子ども達の、 頭の中に何か妙なものやすごい色彩が多分あるらしく それは私には見たことのない何かで、私にも予測しきれない方向性で、 それを何かの拍子(思い出し笑いなど)、チラッと私にも見せてくれる。そういう瞬間が好きだ。
息子の頭の中にあるものは暗号じみていて解読不可能だけど 行動パターンはある程度推測しやすく 何か思いついたときの活き活きし加減は、甚だしくかわいい。 幼稚園の頃に、彼はよく「昔はアメリカに居て、建築家だった」と語っていたのに、今そのことを訊くと、「あれは多分作り話だ」とか誤魔化す。 もー、大人になっちゃって。全く。 今じゃ試験明け休みに友達とボーリングに朝9時から出かけて夜7時まで帰ってこない(つい昨日の話)というような 順調極まる成長を遂げているが。
そして娘の頭の中には透きとおった天使とかスイートな悪魔とか聖なる精神だとか紫とか水晶とかなんとかがあるらしく 「メガネっこがハニカむところなんかが堪らなく好み」だとか喋り、 妄想のその極く一部を、お風呂の中で私に対して、見せたい範囲の概要で見せてくれる。
ヒトの頭の中ってすごいね。 映像とか音声とか概念とかの記憶が、炭素や水素の反応の上手いことでそこに在り、もー、 よく出来過ぎたその仕組み。
子どもが、親と深く係わりながらも、親とはゼンゼン違う世界を、色々携えて、何処かからか、やってくる。 そしていつか、親を未知の世界へ連れて行く。 偶然か、それとも予めの約束か、それはどこでそんな手はずになってたのか、 彼とも彼女ともどこかで逢ってたのか、そして、あとでまた遭うのか。
今は照れくさくて親に見せてくれない作品を、 いつか見せてもらえる日が来る、そのとき彼女は いつのどこの誰の世の記憶から何色を繰り出してくるのか。 楽しみー。
むしろ私のほうが、最近、訊かれてもいない夢想妄想を子どもとかに諸々告白してばかりだ。
つい先日も、私が孫と慕う山羊座の友達に対して告白。 母や妹に対して告白。 そしてだんだん我が子に相対しても、 私の中にある何かヘンな、ヒトが聞けば張っ倒したくなるような妄想を、告白しては、すっきりするこの頃。 例えば B・Jがもしも女で私という天才外科医と同窓同期の親友だったらの夢とかね。 例えば カジモド(inディスニー)に姫抱っこされて屋根から屋根へ飛んで貰いたい夢とかね。 例えば 千秋真一の背中を平手でバンバン叩いて圧しかかれる毎日とかね。 例えば 先日最終回を迎えた日テレのドラマ「銭ゲバ」で 「もしも風太郎が、そこそこまともで平凡でシアワセな人生を送っていたら」のパラレルワールドがあまりにも哀しく (その想像だけで放送時間枠いっぱいにするとは意表を突く展開だったけど。いや、ある意味、原作に忠実だったけど。) 風太郎は、そんなパラレルワールドを思いつつ、とうとう「幸せ」とは無縁だったのを自覚しつつ、土壇場では 自らが自らに固定したダイナマイトの導火線の火を 唾で消そうとまで足掻きながら、泣きながら、見苦しく自爆するけれど 私は液晶画面(ブラウン管ではない)の風太郎に向かって心で叫んで見てた: 「大丈夫だよ!大丈夫だから!次の人生ではきっと大丈夫だから!頑張って諦めてごらん!私(誰?)がついてるよ!」
それを思ってその夜、湯船で嗚咽していたら隣にそっと寄り添う娘、 彼女がいたから辛うじて私は安定し、風呂水で溺死しなくて済んだのかもしれない。
お風呂で微笑んで聞いてくれるんだよ、そういう詮無いあれこれを、娘が。仲間のように。何でも。安心する。 しかもそこから彼女も妄想を返して話を繰り広げてくれるし。 私は娘の胸を借りたり心を預けたりしながら、 彼女の水晶世界に少し追いつける気分になる。
で、そうそう、パラレルワールドと言えば だから、つまり、観る全てのドラマやアニメや小説の世界は 誰かの(私のか?)過去世(のパラレル)だったと翻訳して 観る癖が今頃ついている。
原作からヒントを得て作られたドラマや映画は それもあれもすべて誰かのタマシイにいつだか起こった(起こる)出来事の進化形パラレルなんだわ。 皆の共通経験の一部としてね。
1959年にニューヨークでダニエル・キイスが描いたチャーリイ・ゴードン&そのアルジャーノン達の姿は、 その後の2002年に日本で岡田惠和が描いた藤島ハル&そのアルジャーノン達の前世だと、私は信じてる。 (ハル君達のほうが、一歩前に進んだかもしれない。) だから、 ジョージ秋山の描いた蒲郡風太郎と岡田惠和の描いた蒲郡風太郎は共にパラレルで 一緒にあの、茜ちゃんと赤ちゃんに見送られながら今日も会社に行ってきますの笑顔の風太郎に、いつか成る。
※妹からもらう手塚治虫の「火の鳥」これから読み進める予定。これも一種のアレ。
私の中の記憶と現世の交点に、今ちょうど今の家族と出会って、 夫と会い息子と会い、で、 1998年3月17日の凡そトツキトオカ前に遡った箱根温泉旅行をきっかけに、娘にも出会っているけれど 娘の中の世界は誰のどの時代のどのパラレルで、そこにも私は如何なる形かで関わっていたのか、謎を想像すると嬉しい。&奇遇過ぎる。
それで娘の誕生日に私からは 小説を書くヒントになりそうな本を贈ってみることにした。 今はあんまり読む暇がなくても何かの折に何かのきっかけになればと。
2009.3.17 早朝 (ちょうど今頃の時間だった。) 今日はこれからちょっと、もう一人の魚座のソウルメイトと二子玉川でデートする予定。
|