用事がらみで姫路に一泊 歩きに歩いて ボロボロになった最後 閉館まで一時間を切った市立美術館の 太陽と精霊の布展に滑り込んだ まあそれはそれはもう ため息が出るような世界だった
何度も染め重ねられ つやの出る工夫のなされた藍染や 極細の絹糸を使った 人間技とは思えないような 細かな刺繍を施した衣装やおぶい帯 それらトン族のものからはじまってまず ただ布を用途にこしらえる以上に 込められた手仕事への熱意に圧倒される
表現されたさまざまなモチーフ 太陽や龍や渦巻きや卍や鳥 それらは願いや祈りの象徴であって 装飾としての模様以前に 付け加えられることの必然性を持っている まるで手を掛ける時間そのものが 祈りのたかをあらわしているようにも見える
他の布をアップリケ状に加えて より立体的に鮮やかな印象のモン族や 絣織りや浮織りのタイ族など 表現の方法は違っても なぜそれをつくるのか という 根っこに流れるものは一緒で この現代にあっても尚 ずうっと受け継がれてきている
それは例えば日本ではどうなのだろう 知識のない頭を絞って考えるに お祝いごとに鳳凰柄とか そういう一定の意味を持つ紋様は確かにあって 今の時代に繋がる部分は感じるけれど ずっと昔にさかのぼってみても そういう紋様を纏うのは限られた身分の人々に過ぎず 作り手と使い手とは はっきり分かれていたような気がする
お嫁入りの反物を自分で織る どこかの地方のそんな風習を聞いたことはあっても いかに細かな絣柄を織り出せるか という 技巧的なところに重きが置かれていて 願いや祈りとは趣きが違う 東北の人々の生活に根ざした 気が遠くなるような刺し子は 実用を主眼に発展したものに思えるし
自分達が着るものを自分達で作り そこに祈りを込めるということでは 日本ではアイヌ民族が唯一かもしれない いや 自分達とは言っても それはやはり女性の仕事であって 子どもや夫や家族の無事や健康を願う 当たり前のこころが始まりで それはアジアの少数民族や 他の遊牧民族も同じだと思う
だとしたら とくべつ象徴的な紋様を施さなくても 文化として残っていなくても 大和民族にだってそういう歴史があったはず けれど わたし達の民族衣装としての着物は あまりにも祈りのこころから離れてしまって 既に辿ることすらできない というのは言い過ぎだろうか
なんだか 民族衣装みたいなリメイク服 とずっと考えていたのは ただ言葉や具体的な服のイメージではなく 欠けてしまった祈りを 取り戻さなければいけないという 無意識からのメッセージ だったのかもしれないな
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