愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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25日。クリスマスです。コンビニでバイトの後、居酒屋へ。この日はキッチン担当。忘年会シーズンなんで大忙し。ホールにいたバイトが、慌てた様子で事務所に入っていく。酔ったお客さんに、接客態度が悪い、愛想が無い、って文句言われて、すみません、と謝ったものの、「何だ、その謝り方は! 悪いと思ってないだろ! 店長呼んで来い!」ってなっちゃって、どう対処したらいいか分からず、言われた通り店長を呼びに行った。この店の店長は、このくらいのことでは出てこない。そんなことで呼びに来るな、って怒られる。イライラした様子で店長が出てきたかと思うと、すぐキッチンに入ってきて、 「若菜、ちょっとトラブル。一緒に行って解決してきて。得意だよな、こういうの」 だと。言っとくけど、キッチンだって地獄の忙しさだ。キッチンのバイトの一人が、 「抜けられたら困ります」 非難する口調で店長に言うが、 「ちょっとの間だし、俺がいるから大丈夫」 と、気にもかけない。ていうかお前が行けや! と誰もが突っ込みたいが、実際に面と向かって言える者はいない。 (なーにが、得意だよな、だ。ふざけんなよ) と思いつつ、もうこれ以上時間を無駄にできないので、言いに来たバイトと一緒にホールへ。客は、待たされた挙句に、店長ではなく若いバイトが出てきたことで益々怒ったが、ひたすら謝り倒して何とか気を静めてもらう。ここで難癖つけて仕事のストレス発散してんじゃないかというくらいネチネチ言ってくる客に対して、「いい加減にしろ!」と怒鳴ってやったら、すっとするだろう。その後、揉めるし、店長にも怒られるに決まってるが、それで辞めることになったら、もっとすっきりだ。せいせいする。でも、面倒だったけど、とりあえず解決した。キッチンに戻ると、「お、早く済んでよかったな」と店長が気軽に言い、若菜の肩を叩いて、事務所に戻って行った。 (よかったのか? そりゃよかっただろう。でも、) 「大丈夫か?」 先ほど店長に意見したキッチンのバイトが、小声で若菜に声をかけた。はい、と小さく答える。 バイトが終わった後、事務所に寄って、 「おつかれさまです。突然ですが、来月の15日で辞めます」 と、店長に言った。15日が給料の締め日なんだ。店長は、驚きで、すぐには反応できないようだった。その後、想像通りの押し問答があり、最初は冗談で流そうとしていた店長だが、徐々に問い詰める口調になり、説教したり、怒ったりして、それでも効果がないことが分かると、最終的には懇願の調子になった。 「あ、俺、今から予定があるんで。とにかく、辞めますから。すみません。それでは、失礼します」 と、一方的に言って、店を出る。 (遅くなったな。次のシフトのとき言えばよかったか) はー、と吐いた息が、白く染まる。風のない、冬の冷たい夜。空を見上げると、月も星も綺麗だった。せいせいするかと思ったが、そうでもなかった。かといって、後悔なんて微塵もないが。若菜に辞められたら本当に困る、と店長は言った。そりゃ、今日で辞めるというなら、しばらくは困るだろう。でも、そうだったとしても、しばらくを凌げば何とかなる。誰が辞めたって、何とでもなる。店は回る。 (早く次のバイト見つけにゃ。コンビニのシフト入れられちゃう) 「ただいまー」 若菜が帰ると、「遅い!」や「おつかれさまー」の声が飛んできた。父と姉は酔っていて、母は普段通りの様子で、弟は眠そうだった。 「ごめん、バイト長引いた」 コートを掛け、手を洗って、席につく。改めて、乾杯した。夕方に軽く食べただけだが、ちっともお腹が空いてない。取り分けてくれてた料理を、少し口にしただけで、もうこれ以上は入らないと感じる。乾杯してから一口飲んだスパークリングワインは、思ったより美味しかったが、続けて飲む気にはなれない。コーラやサイダーの方がよっぽど美味しい。 もう時間が時間だし、ぐだぐだになってる。若菜が弟を見遣ると、母が気付いて口を開いた。 「じゃ、そろそろ、お開きにしますか。それでは、ここで、家族から真奈美にプレゼントを。圭人、代表して渡して」 「うん!」 うとうとしていた弟は、はっとなって立ち上がる。 「姉ちゃん、結婚おめでとう! はい、これ、家族皆から」 弟が姉に手渡したのは、祝儀袋だった。 「えっ、何、お金?」 「そうそう」 「見ての通り」 若菜と弟は頷き、母は微笑みながら、 「色々考えたのよ。自分では買わないけど人に貰ったら嬉しいものって何だろうって。食器とか家電とか、色々考えた結果、貰って嬉しいもの、現ナマに勝るものなし、ってなったの」 と。 「父さんと母さんからだけじゃなくて、結人はバイト代から、圭人は小遣いからだ」 父は、弟の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「実用的! ありがとー」 「あっ、あと、これも」 弟は、姉に、一冊のアルバムを差し出した。 「家族の写真。最後に、みんなからそれぞれメッセージも」 「えーっ」 アイボリーの表紙のアルバムをめくると、まず初めに、姉が生まれたときの写真。 「あんた、大きく生まれたのよ。ほぼ4kgだよ」 「丸々してるなー」 その後は、赤ちゃんの姉を抱っこして幸せそうに微笑む、若くて初々しい母親と、同じく若い父親。若菜や弟の生まれたときの写真、家族の写真が、時系列に貼られている。 「えー、もー、やめてよー。泣けるわー」 姉は、泣ける、なんて言ったくせに、笑いながらページをめくっている。 「真奈美、幸せになれよ」 父が言った。 「幸せじゃん、既に。昔からね。そして、酒臭いよ、お父さん。みんな、ありがと。お父さんお母さん、大切に育ててくれて、ありがとうね。圭ちゃん、水泳頑張って、オリンピックに行ってね」 「えっ。オリンピック? ないない」 「結人は、まあ、体壊さないようにね」 「何だそりゃ」 母が、ふと、思い出したように言った。 「妊娠したみたい」 ん? 若菜が姉を見ると、姉は首を横に振る。 「みたいっていうか、してたの。お姉ちゃんじゃないよ。私だよ。来年の夏、若菜家に赤ちゃんがやってきます」 「えーっ!」 「まじか」 「おー、俺、兄ちゃんになるんだな。楽しみ」 「まさかこんなことになるとはなあ。でも、めでたいことだよ」 「結人、免許取る気ない? あんたがたまに車乗せてくれたら便利だわ。でも、忙しいから教習所通うの無理かー」 「いや、忙しくなくなりそー。居酒屋辞めるし。来月の半ばから通うわ。でも、取っていきなり妊婦乗せるとかはハードル高いな」 「居酒屋、辞めるの?」 「うん」 受け入れられたかどうかは別として。 「何で?」 と、聞いてきたのは姉。 「店長が尊敬できないから」 「お、意外な答え。だるくなった、とか言うのかと思った」 「それもある」 「尊敬できないから辞めるって、分かるかも。だって俺も、コーチのこと全然尊敬できないと頑張れないもん」 「圭人が言うと説得力がある」 「まあ、いいじゃないか。なんとかなるさ」 父が大雑把にまとめ、母は、さっさと切り替わって、 「教習所の申し込みしないと。結人、ちゃんとお金あるの?」 「あるよ。俺、意外と貯めてるよ?」 とかそんな感じで、クリスマスの夜は終わる。次回からは真田が出ます。
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