愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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年末に姉は引っ越し。近いからいつでも来れるので、いかにもいなくなった、という感じではないけど、ほんとに結婚したんだなー、と改めて思う。母は、つわりがきついようで、すっかり食欲がなくなった。夕飯は、若菜が作ることが多くなった。ところで、居酒屋のバイトはどうなったかというと、案の定、店長にしつこく引き止められたが、きっぱり断ると、もうそれ以上は何も言われなくなった。無理なシフトを組まれたり、変に避けられたりするかと思ったが、それもなかったので、若菜は一安心。バイト仲間は、残念がったり、あとに続きたがったりしていたが、まあ仕方ないよねー、というムードだ。元々、結構入れ替わりがある店なので。それはコンビニもだけど。 『居酒屋のバイト、辞めるんだって?』 ある日、牧から連絡がきた。牧は以前、若菜と同じ居酒屋でバイトしてたんだ。短期間だけど。バイト仲間だった一人と今でも連絡を取り合ってて、その人から聞いたらしい。 『辞めたら、こっちの店に来ない?』 真田と行ったことがある、個室のあるオシャレカフェだ。 「人手足りてないのか?」 『俺、辞めようと思って。それで、俺の後に若菜が入ってくれたらいいなーと思って』 「せっかくだけど遠慮しとくわ。わりーな。ていうか、お前また辞めんの」 『そう。飽きっぽくて。次は何しようかな』 「頭いいんだから、家庭教師は。一馬やってるぞ。時給いいだろ」 『家庭教師なんて。一対一でしょ。嫌だね。俺は、人間が嫌いなんだよ』 「人間嫌いなのに接客業かよ」 『一対一じゃないから。適当に愛想笑いしとけばいいだけなのはいける』 「人間が嫌い、か」 『嫌いだねー。自分も含めて』 言いながら、牧が笑った。 (俺は、嫌いじゃない)
大晦日。朝から夕方までコンビニでバイト。客は少なく、普段ならゆったり働けるところだが、地味に大掃除期間中。何日か前から、いつもは掃除しないような場所を、ぼちぼちと綺麗にしていってる。なので、それなりに忙しい。夕方、バイトが上がって帰ろうとすると、 「おつかれさま」 真田が来た。 「おー、どうした」 「いや、ちょっと、いるかな、と思って見に来ただけ」 「いるいる。土日祝とかお盆とか年末年始とか、そういうときは基本いる」 「居酒屋は休み?」 「店自体がな。大晦日と元旦は休み」 「そうか」 「お前、暇なの?」 「暇ではない」 「ちょっと散歩でもする?」 「する」 寒いけど、二人並んでそのへんを歩きます。 「うちの母さんから聞いたけど、結人のお母さん、赤ちゃんできたんだって?」 「そうそう」 「20歳下か。すごいな」 「21歳下になるな。予定日がさ、8月25日なんだよ。お前の誕生日と近い。同じ日に産まれるかもな」 「20日に産まれたらしし座だけど、25日に産まれたらおとめ座だ。どうでもいいけど」 「うん、どっちでもいーわ。それにしても年離れてんなー。連れて歩いてたら父親だと思われる」 「いいや、甥っ子か姪っ子に見えるんじゃないか。結人が父親って。見えない見えない。ないない」 「お前、もしかして馬鹿にしてるな?」 「してない。でも、見えないんだから仕方ない」 「なんか、圭人が産まれるときのこと思い出したわ。圭人って名前、俺と姉ちゃんが考えたんだ」 「うん。圭人から聞いたことある」 「母さんの妊娠が分かったとき、姉ちゃんは妹がほしいから女の子がいいって言って、俺は、弟がほしいから男がいいってな、女の子だー男の子だーって、ケンカになっちゃって。そしたら、母さんに怒られて、結局、妹でも弟でもどっちでも嬉しいよね、ってなったんだけど。それで、姉ちゃんと、男でも女でもどっちでもいけるいい名前を考えようって、勝手に盛り上がって。その夜、金曜ロードショーで、タイタニックをやってたんだけど、ヒロイン役がケイト・ウィンスレットなんだよな。けいと、って名前いいね、ってなったんだ。男の名前だと思ってたけど、女でもいけるんだって。そしたら、それが、採用されたというわけ」 「へえ、そういう経緯があったんだ」 「うん」 「いいな、きょうだいって。俺は一人っ子で寂しいなんて思ったことないけど、そういう話を聞くと、いいなって思う」 「そう」 (お前には俺がいるよ。兄弟みたいなもんだろ) なんて。ちょっと思っても、本気では言えないし、冗談でも言えない。 「そういや、居酒屋のバイト辞めることにした。来月辞める」 「何かあったのか?」 「まー、色々。いや、色々あるといえばあるけど、別に色々はないかも。まあとにかく、もういいや、って感じになったんで辞めますわ」 「ふーん…。まあ、とにかく、おつかれさま…」 「そんで、時間空くし、教習所通うことにした」 「あ、そうなんだ」 「そう」 「…じゃあ、いつか乗せてくれる?」 「当たり前だろ。どこへでも連れてってやる」 どこに行けばいいのか分からないとか言っちゃって、どこにも行けないとか沈んでたくせに。どこへでも連れてくだと。 そんなことを話しているうちに、その辺りを一周して、コンビニに戻って来た。結構歩いたな。 「あ、そうだ、結人。成人式、行く?」 「あー、行かないなー。多分、バイトだし」 「行かないのか? ほんとに?」 「うん、行かない。どうすんの、行って」 「どうすんのって。じゃあ、俺もやめとこ」 「じゃあって何だよ。お前は行っとけよ」 「いい。もう決めた。行かないと決めた」 「いやいや、俺が行かないから行かないとか。俺、一馬の母さんに恨まれないだろか…」 「大丈夫。親には行かないとは言わない。成人式出るって行って外出するから」 「それ、多分後でバレるぞ」 「その時はその時」 「俺は多分バイトだけど、お前は、式の間、どこにいる気?」 「映画でも観ようかな」 「一人で?」 「悪いか?」 成人式は再来週の月曜日(祝日)。まだコンビニのシフトは出てないが、何も言わなければ、祝日なので多分入れられる。居酒屋の方は、もうシフトが出ていて、そっちには入ってなかった。若菜は、コンビニの前で真田と別れてから、店の中に戻り、休みの希望を書いて出しておいた。これで成人の日は休みを取れるはずだ。 (一馬、ほんとに行かないのかよ、成人式。何でだよ。行けばいいのに) 自分のことを棚に上げて。ちなみに、星野は仕事の都合で式には出れないらしい。みーこは、地区が違うから、会場が別なので、出席したとしても会うことはない。 成人式の前夜、若菜は真田に電話する。 「もしもーし、こんばんはー」 『何』 「明日の成人式、どうすんの? 俺は行かないよ」 『俺も行かない』 「あーそう。俺、明日、バイトじゃなくなった。久しぶりに映画でも観ようかな」 電話の向こうで、真田が息を呑むのが分かった。 「よかったら、一緒に観よーぜ。一馬が観たいやつでいいから」 『…うん』
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