愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
DiaryINDEXpastwill


2015年09月05日(土) 若真ネタ15

 そういや、真田は、家庭教師のバイトを始めたんだよ。なので、それなりに忙しくなって、若菜とあんまり会えなくなった。今までは、とにかく真田が若菜の都合に合わせてたんだけど、そういうわけにもいかなくなってしまった。街はクリスマスムード一色。姉は、ぼちぼち引っ越し準備を始めてる。家電とか大型家具は新しく買うし、ちょっとした物は引っ越し後にでも取りに来れるしで、荷造りはそんなに大変ではないはずなんだけど、片付けが苦手な姉は四苦八苦している。姉は、クリスマス・イヴに入籍して、その日はけんちゃんと過ごすけど、25日は実家にいて、家族でクリスマス会をしたいらしい。若菜は24日も25日も当然のようにバイトなので、かなり遅れてからクリスマス会に参加ということになる。
 24日、コンビニのバイトが終わって、携帯を見ると、着信があったのに気付く。同じ居酒屋でバイトしてる、二つ年上のフリーターだ。着信の後に、LINEが入っていて、『今晩のシフト、かわって』だと。代わるったって、こっちだってシフトが入っているから無理だ。店を出てから、近くの公園のベンチに座り、電話をした。
「おつかれ。LINE見た」
『おつかれー、ごめんごめん』
「俺、今日シフト入ってるよ。代われない。だから、」
『そうじゃなくてー。俺はシフト入ってないんだよ。入らせて、ってこと。その代わりにどこかで入ってほしい、ってわけじゃないから。単に、今日、入りたいの』
「ほー。それは初めてのケースたわ。いいけど、何で?」
 今日は他に誰が入ってたっけ。狙ってる女子でもいるのか? とか考えてみる。
『それがさー、聞いてくれよ、若菜。可哀相な話。昨日、彼女にふられた』
「あー、それはそれは」
『クリスマス目前にふるってひどくないか?』
「クリスマス終わった途端にふる方がひどいだろ」
『どっちにしろひどい』
「どっちにしろしゃーない」
『はー、クールだなー。俺はさ、家に一人で居たくないんだよ。色々考えちゃって落ち込むわ。友達は誰も掴まんないし、バイトして気を紛らわすんだよ。お前、今夜空いたし、どうすんの? 彼女と会えるな。いいなー』
「いやいや、彼女いないから。こないだふられたから。帰って寝るわ」
『ふられたんだ!? おおっ、同士! 今度飲みに行こうぜ!』
「嬉しそうだな。あ、俺、基本的に飲めないから。まあいいわ。また今度な。じゃー、今晩よろしくー」
 こんなこともあるんだな。突然訪れた自由時間。若菜って、コミュニケーション能力があって、誰とでも話せるので、友達が多いと思われてるんだけど、知り合いが多いだけで、浅く広いんだ。友達といってすぐに思い浮かぶのは、郭と真田と星野の三人くらい。
(急に暇になってしまった。英士って、クリスマス・イヴ何してるんだろ。どうでもいいけど、ちょっと連絡してみよ)
「何してんの? ひま?」
 と、LINEを送ってみる。すぐに、
『暇じゃない。雑談はしない』
 と返ってきた。面白くなって、電話をかけてみる。
「何が、暇じゃない、だよ。そっこー返信してるし、暇じゃん」
『結人と雑談する暇はない』
「クリスマス・イヴに何してんの?」
『通常通り。切るよ』
 ほんとに切られるし。郭は、若菜の調子から、何となくかけてきただけだと感じ取ってから切ったんだ。若菜がほんとに聞いてほしいことがあるときは、まあまあ聞いてあげてます。若菜はぼんやり携帯を眺める。
(星野は仕事中だしなー。帰ったら優しくて綺麗で賢い奥さんがいるし。一馬は何してるかな。学校は終わったかな。誰かと何か予定あんのかな)
 ほんとは、真田のことが一番最初に思い浮かんだんだよ。でもなんか、あえて意識から外したというか。真田とはしばらく会ってない。
(よし、連絡してみるか。不自然じゃないよな。普通、普通)
 とか、何でこんなこと考えちゃうの。もっと気軽に連絡したらいいのに。
「久しぶり。元気?」
『元気だよ。どうしたんだ?』
「今日、夜のバイトが急になくなったんだけど。今から暇?」
 問うた後、しばらく間があった。予定があるのかな。何かあるならいいよ、って言おうとしたところで、
『うん、大丈夫。今、どこ? 迎えに行くけど』
「コンビニの近くの公園。迎えはいらない。家に行っていい? それとも、どっか行きたいとこがあるのか? 俺は、特に、行きたいところがない。行くところがない。どこに行けばいいのか分からない」
 どこにも行けない。
 深い意味はなく、何となく言葉を繋いだだけ。なのに、切実な響きを持ってしまうことがある。思いがけず、自身の心の脆い部分に直面してしまう。そうじゃない。弱ってなんかない。ちょっとした感傷なんだと、打ち消そうとして、実際、大半は打ち消せて、でも、欠片は残るし、突き刺さるし、直面したときの動揺が、まだ胸を震わせてる。きっとこの震えは、電話を通して、相手にも伝わってしまっている。
『分かった。今、家にいるから。いつでも来ればいい』
 茶化さず、追及せず、戸惑いを表に出さず、ただ受け入れる。低く、静かな声。ぶっきらぼうなようだけど、根底に、優しさが、温かさがあることを知ってる。痛いほどに。
「じゃー、今から行くから、よろしくー」
 本当は、「すぐ行く」とだけ言って電話を切り、急いで向かいたい。一刻も早く会いたい。それを抑えて、のんびりした口調で言い、慌てないよう真田家に向かう。
 真田は、寒い中、門の前で待っていた。
「中で待ってたらいいのに」
「待ってたわけじゃない。そろそろ着くかと思って出てきてみたら、ちょうど来たんだ」
「あ、そう」
 ほんとに? 鼻の頭と頬が赤かった。手を握れば分かるだろう。きっと冷え切ってる。握らないけど。乗ってきた原付を駐め、門をくぐる。玄関までのアプローチが長い。
「髪切った?」
 こちらをちらりと見ながら、真田が言った。
「あー、一ヶ月以上前だけど。そんなに会ってなかったっけ」
 一ヶ月なんてすぐ経ってしまう。一週間ごとの感覚で生活しているから、普段は意識してないけど、月の終わりや初めになると、えっ、となる。もう12月の終わりなんて。今年が終わってしまう。来年が、始まってしまう。
 真田の母親は、若菜の来訪を歓迎した。
「いらっしゃい。家に遊びに来てくれるなんて、久しぶりね。ケーキ、食べってってくれる?」
「いいんですか? ありがとうございます」
 ケーキを食べてから、真田の部屋へ。
「家庭教師のバイトどう?」
 若菜が聞くと、
「普通」
「何だよ、普通って。適当だな。なあ、お前って、将来、何になりたいとかあんの?」
「教員。中学の数学の先生」
「今思い出したけど、小6のとき、学校の先生になりたいって言ってたな」
「ああ、うん」
 結人は将来どうすんの、って聞き返されるかもと思ったが、それはなかった。聞かれても困るけど、聞かれなかったら聞かれなかったで、なんか哀しい。
「いい先生になりそう」
 素直な感想だった。真田は将来のことをちゃんと考えてた。やっぱりな、という感じだ。確認したら、二人の差を改めて感じて落ち込む気がしていたけど、そうでもなかった。
「生徒からも、他の先生からも信頼されそう」
「はあ?」
「そんで、綺麗で賢い同期の女性教師と結婚したりとか」
「何、その妄想」
 呆れたように真田が言うのに、笑って返す。
「横になっていい?」
「いいけど」
 あー、と声を出しながら、人の家で遠慮なく寝そべった。ご丁寧に差し出されたクッションを受け取って、頭に敷く。
「大丈夫か?」
 真田が、若菜の額にそっと手を置いた。ひんやりしてるかと思ったが、温かい手だった。
(…おい、触れるのか。そんな、簡単に。俺は、触れないのに)
 熱はない、と言って引こうとする手を、思わず掴んで引き止めてしまった。思いの外、強い力で。
「もうちょい、このままで。落ち着くわ、なんか」
 本当に言葉通りで、気持ちが穏やかになっていく。しばらくこのままでいさせてほしい。そこには、欲望も駆け引きもない。と思う。でも、ためらいはあって、胸の奥がヒリヒリする。掴んだ手首から、相手のためらいも伝わってくる気がする。
(ああ、もう、どこにも行きたくない。どこにも行ってはいけない、という世界に行きたい。って、何だそれ)
 意識がぼんやりとしてくる。大きな波のように、眠気が襲ってくる。
「結人」
 優しい声。
(なに?)
「もうすぐ成人式だな」
(成人式? いやいや、俺、行かないよ)
「…寝てる?」
 そう。若菜は寝てしまった。
 目が覚めたら、夜になってた。毛布が掛けられている。
「うわ、ごめん、本気で寝てたわ。あ、毛布ありがと。今何時?」
「7時半」
「あー、一時間も寝てたか。わりーな」
「いや、別に」
「寝顔、可愛かっただろ?」
 そんな冗談を、真田は否定も肯定もせず、軽く笑って流した。
(…あ、
 なんか、今更ドキドキしてきた…)
 額に当てられていた掌の感覚が蘇ってくる。
「夜ご飯、食べて帰ったら?」
「…あー、うーん、どうしようかな。いいの?」
「うん。喜ぶよ」
 真田の母親が。お言葉に甘えて、久々に真田家で夕飯を一緒に食べる。クリスマス・イヴだから、食卓にはクリスマスに相応しいごちそうが並んでる。クリスマスじゃなくても、いいもの食べてそうだけど。真田の母は、若菜が食卓を共にすることを本当に喜んだ。もし自分が遠慮して帰ったら、この食卓を真田と母の二人で囲むのか、と思うと、それはそれで幸せなはずだろうに、少し息苦しい感じがした。そんなことを思うなんて、失礼だけど。


DiaryINDEXpastwill
もぐ |MAILHomePage