愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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数回で終わるつもりだったんですが、全く終わる気配がない。あと何回くらいで終わるのかも分からない。どうしよう(素)
小学校三年の、ある夜。若菜は、ふと夜中に目が覚める。特に喉が渇いているわけでもないが、お茶でも飲もうと部屋を出ると、リビングから話し声が微かに聞こえてくる。母親が電話をしているようだ。足音を忍ばせてリビングに近付く。閉じられたドアの前で、身を屈めて小さくなり、耳を澄ませた。もしかして、『フリン』か!? とドキドキしていた。家の中が静かなので、集中すれば、母の声ははっきりと聞き取れた。苦労なく盗み聞きできそうだ。 「うん、うん、曜子さんの気持ちは分かるよ」 ようこさん、というのは、真田の母だ。なーんだ、と若菜はがっかりした。ただのおしゃべりか。面白くも何ともない。 「でも、いじめと決まったわけじゃない。……うん、そうね、きっと一馬君は言わないね」 いじめ、という言葉に、ハッとなる。 (一馬、クラスでいじめられてんのか? いじめって…。どんないじめだ。無視? 物隠されたり? 最悪、かつあげとか、暴力!? いやいや、やばいだろ、暴力は!) 電話はまだ続いていたが、母は聞き役に徹しているのか相槌ばかりで、これ以上聞いていても何も分からなさそうだ。若菜は、さっきとは別の意味で心臓がドキドキしていた。不倫だったりして、なんて思ったときは、面白そう(よく分かってないからね)でワクワクしていた。でも、今は、不安と心配で心が冷たくなっている。重い足取りで、部屋に戻った。 (無口だし、無愛想だから、誤解されることあるかもだけど…。ケンカじゃなくて、いじめかよ…) とても眠れそうにない。担任はどんな先生だろうか、と思う。色んな先生がいるけれど、結局は二種類だと若菜は思っていた。いざというときに役に立つ先生と、役に立たない先生だ。優しくて面白くて結構人気のある先生が、大事な場面で逃げ腰になることがあるし、キモいとか言われて馬鹿にされてる先生が、いざというとき、周りがあっと驚くほどに勇敢な言動をすることがあるのを知っていた。真田の担任が、役に立たない先生だったらどうしよう。生徒同士のちょっとした争いなら、先生の出る幕はないだろう。でも、いじめなら。出る幕があったとしても、先生に何もできない場合はあるだろう、というか、基本、何もできないんじゃないか。若菜のクラスでは、低学年のときは何の問題もなかったが、三年になって、一人、問題児というのとは違うが、悪い意味でのリーダー格の男子がいた。でも、先生の前では普通だし、誰も担任に言おうとはしないので、先生は完全に蚊帳の外だった。それが普通だと感じられたし、クラスの大多数が、担任に何かを期待してはいなかった。 熟睡できないままに、朝がきた。寝不足だというのに、目覚ましが鳴るか鳴らないかのうちに目が覚める。 朝食の席で、 「俺、いったん、中央小に転校するとかできる?」 中央小学校は、真田の通ってる小学校だ。若菜は、南小学校。 「は? あんた、何言ってんの。校区違うから無理に決まってんじゃん。しかも、いったん、てどういうことよ。またこっち戻るってこと? 意味分かんない」 「姉ちゃんには聞いてねえ。お母さんに聞いてんだ」 「お母さんに聞いたって一緒だよ。じゃ、いってきまーす」 姉のクラスでは、早く登校するのが流行ってるらしく、若菜よりもかなり早めに家を出る。とっくに準備を整え、朝ご飯を食べ終えていた。 「はーい、気をつけていってらっしゃい」 キッチンにいる母は、若菜を見て、あとで話そうね、と頷いてから姉に手を振った。姉は、そのへんをよちよち歩き回ってる一歳の圭人をぎゅっと抱き締めて、 「けいちゃん、行ってくるね!」 急ぎ足で家を出ていった。 「お母さん、さっきの話」 「ああ、転校って。なんで急に、そんなこと」 母はキッチンから出て、若菜の隣の椅子に腰掛ける。 「一馬って、いじめられてんの?」 その言葉に、母は驚きで目を見開いた。自然と声も大きくなる。 「一馬君がそう言ったの!?」 声色に驚いたのか、圭人が、「あー!」と声を上げながら、母の方に近付いてきた。母は、圭人を抱っこする。 「違う。昨日の夜、お母さんが電話で話してたじゃん。夜、なんか目が覚めたんだよ。部屋から出たら、電話してる声が聞こえたから」 「そう…。いじめなのかどうかは、分からないのよ。一馬君のお母さんが、先生から、クラスに馴染めていないみたいだって言われたって。他所のお母さんから聞いたら、クラスに馴染めてないというよりは、一人の子と上手くいってないみたいって。その子が、リーダー格で、まあ、ちょっと、攻撃的なところがあるっていうか。でも、一馬君本人は、何も言わないらしいのよ」 抱っこされるのに飽きた圭人がジタバタし始めたので、母は圭人を下に降ろした。圭人はまた室内をうろうろしだす。 「嫌な奴がいるってことだな。うちのクラスにいたAみたいな奴かな」 「交通事故に遭って、引っ越した子?」 これはコンビニネタと一緒です。 「そうそう。攻撃的って、殴ったりとかすんの?」 「それはない、みたい」 「みたいって」 「結人は、一馬君が心配だから、転校なんて言い出したの?」 「いったん、な。とりあえず偵察して、解決できそうならするし。終わったら、戻るし」 「そんな簡単に言って。何も知らない結人が行って、解決なんて、できると思うの? でも、結人の気持ちは、立派だと思う。あんたがそんなこと言うなんて、びっくりしたよ。友達思いで、偉いよ」 「転校は無理? 俺に何ができるのか、夜ずっと考えてたんだけどなあ」 母は、若菜の目をじっと見つめながら、 「結人。結人は、今まで通りにしてて。それで、一馬君には、何も聞かない方がいいと思う。もちろん、一馬君から話すのなら、ちゃんと聞いてあげて。結人は、今までと同じように、一馬君と友達でいる。それが結人にできることだと思う」 「そんなの、お母さんに言われなくたってそうするし。いじめと関係ないじゃん」 「関係なくないよ。いじめに限らず、何かあったとき、ずっと友達でいてくれる人がいるって、家族以外に味方がいるって、すごく支えになるものなんだよ」 「ふーん…」 なんだかピンとこなかったし、結局自分にできることはない、余計なことはしない方がいい、ってことなのか、と感じたが、とりあえず頷いた。圭人が近寄ってきて、若菜の足にまとわりつき、よじ登ろうとしている。よっこいしょ、と圭人を抱き上げた。 「お前は悩みが無くていいなー」 圭人は、あーあー言いながら、若菜の顔をべたべた触る。 「あっ、結人、時間、大丈夫なの?」 「大丈夫。遅刻しても平気」 「何それ。平気じゃないよ! 急いで急いで!」 母に急かされ、準備して家を出る。見慣れた朝の通学路が、いつもと違って見えた。いじめられて学校に行きたくなかったとしたら、この道は、地獄への道のりだ。 (どんな気持ちで学校に行ってるんだろう) 今日はどんよりとした曇り空。自分の気持ちと重なっていて、少しだけ落ち着く。やたら晴れた空だったら、もっとモヤモヤしてる気がした。 ぼんやりしているうちに、学校が終わってしまった。何度か先生に注意されたが、適当に答えて、その不遜な態度が、クラスで受けたりした。担任も、結局は一緒になって笑っていた。若菜はクラスで人気があったが、担任も、若菜を気に入っていたのだ。だらしないところがあるし、乱暴な物言いをすることもあるが、心は優しいし、頼りがいがある。問題を起こすことなどなく、むしろ、問題が起こったら解決に乗り出すタイプだと、担任は評価していた。 放課後、 「若菜、早く行くぞ!」 クラスメイトに背中を叩かれ、 「どこへ? あと、痛いんだけど」 やっと我に返る。いつのまにか帰る時間になってるし。クラスメイト(Qとする)は、何言ってんだよ、と呆れ果てた声を出す。 「星野んちに行くって約束だろ」 「あ、そうだっけ」 同じくクラスメイトの星野君ちに、何人かで集まることになってたのだ。忘れてたけど。 「来るだろ?」 と言ったのは、星野。 「あー、うん、行く行く」 そんな気分じゃなかったが、約束してたのなら仕方ないし、若菜は星野と一番仲良いっていうか、馬が合うんだ。 靴箱で、同じクラスの四人組の男子に会った。若菜達のグループは、活発な男子が集まってる目立つグループで、四人組男子は、地味で大人しいタイプの集まりだった。その男子のうちの一人が、明らかに怯えた表情を見せ、俯いた。他の三人は、怯えてはいないものの、会いたくない奴らに会ってしまった、というような顔をしている。お調子者のQが、彼らをしょっちゅうからかうので、嫌がられてるんだ。またQが何か言おうとしているのが分かったので、 「行くぞ」 若菜はQの背中を鞄で思いきり叩いた。 「いてー!」 「さっきのお返し」 (今まではあんまり考えてなかったけど、からかわれる方は、嫌な気持ちになるよな) 若菜は、逃げるように先を歩いていく男子四人組を見ながら思った。 星野家でも、若菜はボーッとしていた。 「おい、若菜、どうしたんだよ。生理かー?」 Qがニヤニヤしながら言った。 「バーカ」 相手にする気も起きず、適当にあしらう。Qは悪い奴ではないが、時々めんどくさい。 若菜は雑誌をぱらぱらめくっていて、それ以外の友人達は、ゲームで盛り上がっていた。星野は、トイレで席を立ち、戻ってから、さりげなく若菜の隣に座る。 「何かあった?」 何でもないことを聞くような調子だったが、心配しているのが伝わってきた。星野になら、言える気がした。 (いじめって、どう思う? 自分がいじめられたらどうする? 別の学校の友達がいじめられてたらどうする?) でも、言えない。他の友達もいるし。 「昨日の夜、なんか途中で目が覚めて、その後寝れなくなって、寝不足。めっちゃ眠い」 「なんだ。そういうときはさ、帰って寝たらいいんだぜ。約束してたっていっても、ゲームとかして遊ぶだけなんだから」 星野が笑顔で言った。 (いい奴…。一馬には、こんな友達、いるんだろうか。俺は、星野と一番気が合うけど、他にも友達いるし、星野は誰とでも仲良いし。一馬はどんな感じなんだろ。気が合う奴、誰もいなかったら、きつくないか) 「じゃー、俺、先帰るわ」 若菜が言うと、星野は頷いた。しかし、他の友人達がそれを許さず、結局その後ゲームに付き合わされ、帰る頃には日が暮れかかっていた。 そのまま帰るつもりだったが、足は真田家に向かっていた。インターホンを押して名乗ると、しばらくして、真田母が少し驚いた様子で出てくる。約束もなくこんな時間に来るなんて、どうしたのかと思っただろうが、すぐに歓迎の笑顔になり、 「こんばんは。ちょっと久しぶりね。さあ、入って」 「遅くにすいません。なんかちょっと寄りたくなって」 「いいのよ。来てくれて嬉しい。一馬も喜ぶわ。夕飯食べてく?」 「いや、それはいいです。お母さんに言ってないし」 「そうなの。じゃあまた今度、食べてってね」 「はい、ありがとうございます」 「部屋に上がって。一馬には伝えてるから」 二階に上がり、俺だけど、と言いながら、真田の部屋をノックする。どうぞ、と聞こえたので、ドアを開けて入る。相変わらず、きちんと掃除され、整理された部屋だ。 「よー、元気?」 軽く挨拶して、若菜のためにさっき出されたのであろう座布団の上に座る。 「元気だけど。何か用?」 「別に。通りかかったからちょっと寄ってみただけ。ていうか、用がなきゃ来ちゃいけねーのかよ」 「いや、いいけど。いきなりだからびっくりして」 「これからはなるべく連絡する」 「うん」 「なあ、学校、楽しい?」 「普通」 「仲のいい奴、いる?」 「……」 「じゃ、嫌な奴は? いる?」 「………」 何でそんなこと聞くんだ、と聞き返すこともなく、真田は黙ってしまった。気まずい沈黙が流れた。若菜は、まだまだ答えを待っていられるという気持ちだったが、真田は耐えかねる様子だ。思いきり眉間に皺が寄っている。 「よし、俺、そろそろ帰るわ」 真田は驚きながらも、ホッとした表情を見せた。 「お前ほんと何しに来たんだよ」 「途中まで送ってけよ。晩ごはん前のちょっとした散歩だよ。いいだろ?」 「…いいよ」 外は既に真っ暗だった。冬は夜になるのが早い。空は雲で覆われていて、月も星も見えない。街灯のおかげで道は明るいが、暗い夜だった。 二人とも、無言で歩く。何も会話をしないまま、若菜が決めていた「途中」まで来てしまい、足を止める。そして、やっと、口を開いた。 「一馬、何か困ってることがあるなら、俺に言えよ」 星野みたいに、さりげなく、優しく、言いたかった。でも、深刻な調子になってしまう。真っ直ぐに見つめてしまう。真田は、ハッとした顔になり、固まるが、しばらくの間のあと、意を決したように、若菜を見返してきた。視線が合う。若菜は、緊張で心と体が張り詰めるのを感じる。きっと、真田も緊張している。 「今は、特に困ってることはないよ」 その答えに、がっかりしたのか、安心したのか、若菜は自分の気持ちを掴みかねる。本当に? と問い詰めることはできない空気だった。真田の様子には、これ以上は入っていけない頑なさがあった。 「とにかく、何かあったら俺に言えよ。俺が何とかするから」 「…うん」 あ、微かな光が。街灯の明るさではない、別の光が、道を照らし始めている。空を見ると、雲の切れ間から月光が差していた。ゆっくりと黒い雲が晴れていき、丸い月が姿を現し出す。教えようと思って真田に目をやると、真田は、じっと夜空を見上げていた。熱心な眼差しだった。
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