愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年07月02日(木) 若真ネタ7

 19歳(20歳になる年度)の春、4月。1話目は秋頃の話なので、それの半年くらい前の話。ちなみに真田は大学二年生。
 三月四月は、歓送迎会があるので、居酒屋のバイトは忙しい。若菜は、ホール・キッチンどっちもやるよ。日によって色々。忙しいときは、ホールに入ることが多く、最近はホール続きだったんだけど、キッチンが急に一人休んじゃったので、今日はキッチン。ほんとは休みだったんだけど、急遽呼び出された。店長にとって、若菜はとっても使いやすいバイトです。大体そつなくこなすし、話しやすいし、見た目は軽そうだけど意外なくらい真面目だし、シフトを割と自由に組めるから。
 忙しさがちょっと落ち着いた頃、ホールのバイト(女子大生)が一人、不安げな面持ちでキッチンにやってきた。ちょうど事務所から出てきていた店長を見つけると、すぐにそちらに走り寄り、何か話している。どうやら、別のバイトの女の子が、酔った客に絡まれてるらしい。
「そんなこと、俺に言われても。ちょっとちょっかい出されたくらいで、いちいち俺に言われちゃ、困るんだけど。ホールのことは、ホールで解決してくれなきゃ。よっぽどだったら、俺が出ていくけどさ、そんな大したことにはなってないんでしょ。俺、忙しいから、事務所戻らないと」
(何が忙しいだよ。事務所で昼寝してんの見たぞ)
 若菜は聞こえてくる会話にイライラしながら、オーダーの入ってる品を仕上げていく。
「でも、やめて下さい、って言っても、全然聞いてもらえないんです。おじさん二人連れのうちの一人がそんな感じで、もう一人は寝ちゃってるし…」
「はー。仕方ないなあ。若菜、ちょっと様子見てきてよ」
(って、俺かよ。キッチン入ってるんですけど)
「いいよな、若菜が抜けても。もう、そのままホールでいてよ」
「えっ、それは、困りますけど」
 キッチンに入ってる他のバイトが不満げに言った。
「なんだよ。じゃあ俺が代わりに入ってもいいから、若菜はそっち行ってきて」
(お前、忙しいんじゃなかったのかよ…)
「はい…」
(はー、まじか。とんでもない客だったらどーしよ)
「ごめんね、若菜君…」
 言いにきたバイトの女子は、申し訳なさそうに謝って、かなりの急ぎ足で奥の座敷に向かう。いいって、と返しながら、慌ててついていく。
 入り口から座敷に入ると、
「いてててて! 離せコラ!」
(え…!?)
 スーツを着た大柄な中年男性が、若い男に腕を捻じ上げられていた。状況そのものより、その若い男が、よく知った人物であることに驚いた。
(一馬!? 何やってんの!?)
「ど、どうなさいましたか!?」
 急いで駆け寄る。真田はぱっと手を離し、
「来るのが遅い」
 と、ぶっきらぼうに言った。
「どうもこうもあるか! 隣の席にいたこいつが、急に俺の腕を、」
「急にじゃないですよ。そのおじさんが、お店の女の子にちょっかい出してたんですよ。それで、やめるように言ってもきかないし、女の子の体を触ったから、真田が、そこの彼が、止めに入ったんですよ。おじさんが悪いですよ」
 隣の席は、大学生らしきグループで、真田はその一員のようだ。そのグループのうちの一人の男子が説明した。酔った男は、「何をー!」とか「知るかー!」とか、わめいている。対面の席で寝ていた同年代の男がやっと目を覚まし、「うるさいなあ…」と、のんきに呟いた。
 座敷の隅でうろたえている、ちょっかいを出されたバイトの女子をちらりと見ると、さっきの男の子の言った通りです、というように頷いた。顔色が青ざめている。
「大変酔っていらっしゃるようですが、大丈夫でしょうか。もうお帰りになりますか? よろしければ、出口までお供いたしましょう」
 慇懃無礼に若菜が言うと、
「こんな店、二度と来るか! おい、帰るぞ!」
「はいはい。お酒も料理も美味しかったしまた来るよ〜」
 二人の客はさっさと帰っていった。なんやかんやとごねられたらどうしようかと思ったが、そんなことにはならなかった。
 例の客が通り過ぎるとき、触られたというバイトの女の子は、震えながら俯いた。もうその客が見えなくなると、安心したのか、急いで、真田の近くに行き、
「助けて下さって、本当にありがとうございます。すみませんでした」
 土下座せんばかりに頭を下げた。
「いや、全然、いいです。それより、大丈夫ですか?」
 女の子は何度も頷く。伝えにきた女の子も、真田に頭を下げ、尊敬のまなざしで見つめている。
「よっ! 真田、男前!」
「かっこいいー!」
 真田のグループから冷やかしの声が上がり、別の席からも賞賛の声や拍手まで起こったりした。真田は、眉間に皺が寄り、苦々しい表情になっている。若菜は改まって真田に向き合う。
「お客様、この度は、」
 若菜の言葉を遮って、
「ほんとに、おせーよ、来るのが。知らんふりかと思ったよ。なんか腹立つから、腕折っちゃうところだった」
「…ご冗談を…」
「もちろん冗談に決まってる。手加減するどころか、ちょっと腕掴んだだけなのに、大声出すからびっくりしたよ」
「お客様は目付きが険悪でいらっしゃるので、酔っ払いのエロ親父様は身の危険を感じたのでは」
「うるさい。ていうか、お前、今日休みじゃなかった?」
「お客様、何故僕のシフトをご存じで…」
「言ってたじゃん」
「そうだっけ」
 座敷を出た後、ちょっかい出された女の子を慰める間もなく、
「さっきの人と知り合いなんですか?」
 その子に、食い付き気味に聞かれた。
「うん、そう、幼なじみ。ていうか、平気? 怖かったよね」
「平気です。助けてもらったんで」
「紹介してもらったら? 王子様じゃん。ね!」
 と言ったのは、伝えにきた女の子。
「えっ、でも…」
 戸惑いながらも、期待の眼差しを若菜に向けてくる。
「あー、うん、言ってみとく」
「きゃー、いいなー」
「ほんと? 迷惑じゃないかなあ…」
 遠慮がちに言いながら、明らかにテンションが上がっていた。そして、女の子達は仕事に戻る。若菜は、一応店長に報告するためキッチンへ。
「あら? 店長は?」
「そんなの、あの後すぐにどっか行ったよ。それより、解決したか? おつかれさん。早くこっち戻ってよ」
 若菜が抜けると困ると訴えたキッチンのバイトが、せかせかしながら言う。
「はーい。あ、そのままホールにいろって言われてたっけ」
「えっ。困るな。はー、若菜が二人いればいいのにな。キッチンの若菜とホールの若菜」
「ははは」
 なんとかホールは回ってるみたいなので、とりあえずキッチンへ。店長は自分の指示したこと忘れてそうだし。
(はー、なんか、疲れた…)
 上がる時間には、クタクタになっていた。いつもそんな感じだけど、今日はさらに。
 店を出て、原付を取りに裏に回ると。
「おっ、こんなところに、今夜のうちの店のヒーローが。きゃー、サインくださーい」
 若菜の原付のすぐ横で、真田が地べたに座って、本を読んでいた。
「うるさい。バイトおつかれ」
「あ、連絡くれてた? 俺、携帯、家に忘れた」
「ううん、連絡してない。勝手に待ってた」
「いいけど、なんで? お友達の方々は? あれって合コン?」
「違う。ゼミの飲み会。まだ未成年だから飲んでないけど」
「まじめー」
 真田は否定も肯定もせず、本をバッグに仕舞い、やっと立ち上がった。
「あの後、ラウンドワンに行ったんだけど、めっちゃ疲れた。肉体的には大丈夫なんだけど、精神的に。みんなまだ遊んでるよ。すごいよな。元気だな。俺は、早く帰って風呂入って寝たい」
「うん」
「俺は、早寝早起きなんだ。夜遊びしたくない派なんだよ」
「うん。なあ、そのへん、ちょっと散歩するか。遅いし、ちょっとだけな。それとも、もう、すぐ帰りたい感じ?」
「すぐ帰りたいなら、とっくに帰ってる。ここに来てない。ちょっと散歩する」
 二人並んで、ゆっくりと歩く。月が煌々と照り、星が瞬く、明るい夜だった。特に会話はなかったが、それが自然で、居心地の良い静かな雰囲気だった。隣を歩く真田をちらりと見やる。明らかに若菜より背が高い。出会った頃、幼稚園のときは、小さくて華奢だったのに。女の子みたいだった。小三のときには、もう標準の体格になっていた。いつのまにか身長を抜かれていた。すっかりたくましくなって。凛々しい横顔。大人っぽい。落ち着いて見えるから、社会人に間違われそうだ。
(俺は高校生に間違われてばっかだけど。
 あ…、)
 さっき、手と手が触れそうだった。触れそうで、触れない。いっそ、さりげなく手を繋いでも変じゃないかも。いや、待て、変だろ。若菜は、真田から少し離れた。それに気付いたのか、真田がこちらを少し見てから、ゆっくりまばたき、目を逸らし、夜空を仰いだ。
 違う! と声を上げそうになる。
(って、何が違うんだ。気持ち悪いとか嫌とかで離れたんじゃなくて、…なくて?)
 若菜は、気持ちをごまかすように、口を開いた。
「あ、そうだ。ほら、お前が助けた女の子な。かわいかったろ。真面目だし、優しいし、いい子なんだけど、どう?」
「どう、とは?」
 若菜に目を戻し、問うた真田の声は、あからさまに不機嫌だった。
「紹介しますよ、的な」
「いい。いらない」
「あ、そう?」
「バカじゃねーの」
「まあ、バカはバカですが…」
「バカっていうか、オニだな。オニだよオニ。オニじゃねーの」
「オニて。人生において初めて言われたわ」
「俺、今でも思い出すんだ」
 中二の夏休みの話が出てくるのかと思い、緊張した。不安。恐怖。そして、少しだけ、甘い期待。
「小三のときのこと。お前いきなり家に来たことあっただろ。そのときも、散歩したよな。俺、あの頃、あんまりクラスに馴染めてなくて、なんか憂鬱で。来てくれて嬉しかったけど、なんか複雑だった。だって、結人は絶対、学校生活楽しんでるだろうし。それがなんか、寂しくて。きっと俺のことなんか、もうどうでもいいんじゃないかって。どうでもいいとまではいかなくても、かなり優先順位が低いだろうって思ってたんだ。そしたら、結人が、『困ったことがあったら俺に言え』って。『俺が何とかする』って言ったんだ。それで、俺は、急に、暗い迷い道から抜け出したような気持ちになって、ああ、これでもう大丈夫だって、この先、何があっても平気なんだって、結人が味方でいてくれるからって。思った。ずっと心の支えになってるんだ。もし、あれがなかったら、俺はきっと、あのときはなんとか乗り切っても、どこかで大きくつまずいてた気がするし、今日、酔っ払いに注意するなんて、できなかったと思うんだ。
 俺は、あの日の夜空も覚えてる。月が隠れてたのに、ゆっくり雲が晴れてって、明るい月が見えた」
 真田は、また空を見上げていた。『小三のときのこと』を話し始めてから、足は止まり、二人して、道の端に突っ立っていた。若菜は返す言葉が見つからず、同じように夜空を見る。
「あ、勝手に心の支えにしてるってだけで、実際何か困ったことが起こったとき、結人に何とかしてもらおうって思ってるわけじゃないから。安心して」
 我に返ったように、真田が早口で付け足した。
「俺は別に、何の力にもなれないかもしれねーけど、話を聞くくらいならできると思うんだけど。『俺が何とかする』とは言えないけど、俺にできることならするよ」
 さっきまで空を見上げてた真田が、今度は俯いて地面を見ている。
「うん。ありがと。俺も、俺にできることは何でもするよ」
 そして、二人は再び歩き出す。その辺りをぐるっと回って、もうすぐ店に戻ってくる。夜の散歩が終わりに近付いている。
(素晴らしいね。美しい友情だね。幼なじみっていいね。でも、どうしたらいいんだろう。どうして、どうしたらいいんだろう、って思うんだろう。どうもしなくていいじゃないか。このままで、こうやって、触れそうで触れない距離で、話したり、黙ったり、空見上げたり、俯いたり、たまに立ち止まったりして、ずっと、二人で、散歩していられたらいいのに。月と星に照らされた、綺麗な夜の道を。
 なんてね)


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