愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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中二の夏休み。七月末。若菜家と真田家で海水浴に行こうってなる。若菜母と真田母が仲良しなんで、たまに二家族でどっか行ったりする。といってもそれは、若菜が小さい頃の話で、小学校中学年以降は、ほとんど機会がなかった。なので、久々の家族ぐるみ。真田父は多忙なので欠席。若菜姉も欠席。 「私、受験生だし、そんな面白くなさそうなイベントに参加してる暇とかないし」 「姉ちゃんの志望校、G女(高校名。偏差値低い)だろ。勉強しなくても行けるじゃん」 「うるさい。お前もバカなくせに」 「家族が留守だからって男連れ込んだりすんなよ」 「もう、また、あんた達は! やめなさい!」 若菜と姉は、昔は、基本仲良くてたまにケンカ、くらいだったんだけど、小学校高学年くらいからは、基本仲悪い。 「かいすいよく、かずまといく? かずま、けいととあそぶ?」 弟の圭人(6歳)は、なんか知らんが真田大好き。 「そうよ、一馬君、来るよ。よかったね、圭人」 「やったー!」 「圭人よ、一馬は俺の友達だから」 「けいとだって、ともだちだよ!」 当日、海水浴場で現地集合。 「ごめーん! なかなか駐車場の空きが見つからなくて!」 若菜一家は、約束時間にちょっと遅れて到着。真田母子は、そういう事態を避けるため、早めに来ていたよ。 「かずまー!」 圭人が真田に向かって走っていく。 「圭人、おっきくなったな」 真田は圭人を抱き止め、そのまま持ち上げた。 「あはははは! もっとたかくして! ぐるぐるまわしてー!」 「重い!」 (よーやるわ…。それにしても暑いな…) 若菜は、既に暑さにげんなりしてた。 海水浴場は賑やかだったが、広いので、ごみごみしている感じではなかった。 圭人は真田にべったりで、水かけあって遊んだり、浮き輪に入った圭人と砂浜から離れたとこまで行ってみたり。若菜は、ちょっと海に入ったらもう飽きてしまって、海の家でのんびりしてたいんだけど、母に、「一馬君にばかり圭人をみさせちゃ駄目。一緒に遊んでて」と注意され、仕方なく付き合ってる。あ、そういや、若菜父は一人で釣りしに行ってるよ。 「おれ、およげるよ! みて!」 圭人は本人の希望でスイミングに通ってるんだけど、どんどん上達していってる。 「すごいな。将来は水泳選手か?」 「ううん、ケーキやさん!」 「そっか。圭人は、甘いものが好きだもんな」 「お前らがそんな話するから、ケーキ食いたくなってきた」 「けいともー」 「あ、チーズケーキ持ってきたよ。母さんが昨夜作ってた」 「おー、今から食おうぜ」 「けいとも!」 「いやいや、昼ごはんの後で。バーベキューするだろ」 圭人がちょっと疲れてきたと言うので、海の家に戻ると、圭人はごろんと横になって、そのまま寝てしまった。 「たくさん遊んで、疲れたのね」 真田母が、微笑ましげに、眠る圭人を見た。 「俺も寝たい」 「結人、ちょっと磯に行ってみないか? やどかりとか蟹とか捕まえて、圭人に見せてやろう」 「えー。めんどくせー」 「もう、結人! ごめんね、一馬君。ありがとう。でも、圭人の相手で疲れたでしょ? ゆっくりしてね」 「いや、全然。俺もちょっと、岩場に行ってみたいし」 「しゃーねー。俺も行くわ」 「二人とも、気をつけてね」 「結人ー、バケツ持っていったら? 蟹とか取るんでしょ?」 「へーへー」 母から、真っ黄色の小さなバケツを受け取る。圭人が砂遊びをすると思って、砂場セットを持ってきていたが、ずっと海で遊んでいて、出番がなかった。 先を行く一馬について、岩場に向かう。 (あちーなー…) 「バケツ、持とうか」 真田が、若菜の方に手を伸ばした。 (えっ、何。その気遣い。バケツ、空っぽだし、めっちゃ軽いけど) 「いや、いい」 岩場には、何組かの家族連れがいた。屈んで海の生き物を観察していたり、網で生き物を捕まえようとしていたり。なんだか静かで、ビーチの喧騒が、遠くに聞こえるようだ。 「気をつけろよ」 真田が、若菜の足元を見ながら言った。真田はマリンシューズを履いていたが、若菜はビーチサンダルだ。 「分かって、…うわっ!」 言った側から、うっかり足を滑らせて転びそうになった。咄嗟に真田が、若菜の腕を掴んで支える。 「お前、危ないな…。言った途端に、」 「お前が余計なことを言うからー、って、いや、すんません。ありがとうございました」 「どういたしまして」 真田は、さっと若菜の手からバケツを取り、もうしばらく進んでから、 「あ、いた」 何か見つけたのか、真田が屈み込んだ。若菜もしゃがむ。 「ほら、蟹。かわいい」 真田は、捕まえた蟹を若菜の目の前に差し出した。真田の親指と人差し指に挟まれた、緑がかった茶色い小さな蟹が、足をゆっくりと動かしている。若菜は、少したじろいでしまった。小さい頃は、蟹取りをしたし、面白いと思っていたが、今、改めて間近で見ると、なんとなくグロテスクに感じる。 「それは、かわいいのか?」 「かわいいよ」 真田はそっと、バケツに蟹を入れた。 「蟹、いっぱいいるな。ウミウシとか、いないかな」 真田が、潮だまりを覗き込む。 「ウミウシ? あの、カラフルなナメクジみたいなやつか? きもちわる…」 「気持ち悪い? 神秘的で、綺麗じゃん。圭人に見せてやりたいなあ」 「お前と圭人、やたら仲良いな」 普通に思ったことを言っただけなのに、声色が冷たくなってしまった。 「圭人が俺に懐いてるのが気に入らないのか?」 言いながら、真田は、バケツの中で右に左に動いている蟹を掴み、外に出した。 「そんなんじゃないけど。…蟹、逃がすのか?」 「バケツの中の蟹を見るより、自分で捕まえる方がずっと面白いよな。また後で、圭人と来よう。 圭人は、結人のことをよく話してるよ。自慢の兄ちゃんなんだよ。いいなあ」 「弟がほしいのか? ひとりっ子なのが、寂しい?」 「ううん、そうじゃなくて。俺は、圭人が羨ましいんだ。結人と兄弟なのって、いいよな。結人の姉ちゃんも羨ましい」 (えっ。何それ…) 「俺は、結人が好きなんだ」 (な…) 「かずまーーー!」 「ちょっと、圭人! 待ちなさい!」 圭人と若菜の母親が現れた。 「けいとをおいていくなんて、ずるいよ!」 「圭人、すぐ起きちゃって。二人で岩場に行ったって言ったら、自分も行くってきかないのよ」 「ずるいよ!」 「ごめんな」 「寝てたんだから、しゃーねーだろ」 それから皆で、磯遊び。真田が、何もなかったように振る舞っているので、若菜も、普通にしている。でも、頭の中はグルグルしていた。 (どうしよう…。好きって言われたけど…) 真田をちらりと見やる。圭人と一緒に、蟹を取ってはバケツに入れている。 「結人も捕まえれば? それとも、触れないのか? 蟹が怖い?」 「にいちゃん、こわいの? おれはぜんぜんこわくない」 「怖くない。なんか気持ち悪いだけ」 「気持ち悪いかな」 「きもちわるくないよ」 (男に好きって言われたら、気持ち悪いよな、普通。それが幼なじみだったりしたら、気持ち悪いって以上に、ショックだよな。でも、そういうのはない。気持ち悪いとかはない。ショックというのでもない) 「怖いんだろ、ほんとは」 「こわいんだ、にいちゃん!」 (それは…、) 「…そうかも。怖いのかも…」 圭人は、何だか得意げだった。兄が怖いものが自分は怖くないのが嬉しいのだろう。真田は、不思議そうに若菜を見ていた。若菜母は、少し離れたところで、三人を見守っている。 「あ、そうだ!」 「どうした、圭人」 「かずま、けいともすき?」 「え?」 「かずま、にいちゃんのことすきっていってた。けいとは? すき?」 (聞こえてたんかい) 若菜は微妙に動揺するが、真田は少しも動じた様子なく、 「もちろん。好きだよ」 「よかった! ありがとう! けいとも、かずますき!」 「ありがとう。嬉しいよ」 (何だそりゃ。お前らが両想いとか) その後、バーベキューして、また海で遊んで、夕方に解散。 若菜家、帰りの車の中で。 「にいちゃん、かずまにすきっていってないな」 「…えええ、何…」 (おいおい、圭人。父さんも母さんも聞いてるじゃねーか) 「かずま、にいちゃんがすきっていった。すきっていわれたら、すきをかえすんだよ。ありがとう、なんだよ。にいちゃん、かずまがきらいなの?」 「嫌いわけないじゃない」 若菜が答える前に、母が返した。 「好きに決まってるよ。一馬君と結人はね、幼稚園のときからの仲良しなんだよ」 「幼なじみはいいぞー、結人」 母がきっぱりと言った後、父がのんびりした声で続けた。 「おかあさん、おとうさん、うるさいよ。けいとは、にいちゃんとはなしてるんだよ」 「はいはい、ごめんなさいね」 「はっはっはっ」 「今度会ったら言っとくわ。好きって」 「ありがとう、もね」 「ん」 (そうだよな、好きったって、傍から聞いたら、普通は、友達として、ってことだって、思うよな。でも、そういうんじゃなかったし。話の流れ的には、俺と兄弟になりたい、ってことで、それってどういう好きなんだよ、って感じで。分からん。でも、あれ、告白だったんだよな。俺、後から確認したし…)
若菜は、帰りに、「お茶が無くなったから買っていく」と自販機に向かう真田に、「俺も行く。水飲みたい」と言って、ついていった。「ジュース!」と言いながら圭人もついてこようとしたが、「お昼にも飲んだから駄目。お茶あるよ」と母親に止められた。 「一馬、あれ、まじで?」 「うん」 「友達としてとか人としてとかでなく? 告白ということですか?」 「そうです。友達としても人としても好きだけど」 「そうか…」 その先が続かず、買った水を開けて、一口飲む。 「結人、俺は、」 「考えとく」 「…うん」 という、やりとりが、帰る前にあったんだ。
圭人は、いつの間にか眠ってしまっていた。 (考えとく、って、言ったものの、何を考えとくんだ…)
結局、この後、何を考えどう答えればいいのか分からないまま、時が経ってしまう。若菜は真田を避けがちになり、真田はそれについて何もつっこまないし、考えてくれたか、なんて聞いてくることもなかった。避けるといっても、学校が違うから、そんな不自然ではないんだ。ただ、今までたまに家を行き来し合ったりしてたんだけど、それがなくなった、っていう。
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