愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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将来性が、ない…。 いや、それよか、 じゃ、いいよ。別れよ。 って、そんな、簡単に? 高二からだから、三年だぞ。三年も付き合ってそれかよ。まじか。まあまあショックだ。あっけねーことこの上なし。でもそんなもんなんか。男と女なんて。人と人なんて。変に揉めたりするよかマシか。しかしそれにしたってあっさり過ぎだろ。もう答えを準備してた感あった。もしかして、他に好きな男ができたとか。将来性のある男。…いや、いかん、そんなことを考えるな、俺。情けねー。 風呂の中で、色々考えちゃう若菜。 (…ん? なんか騒がしい? 姉ちゃん帰って来たんか) 年子の姉、真奈美(まなみ)は、短大を出て就職している。小さな会社の事務員だ。 姉の声が、途切れ途切れに聞こえてくる。母の声も微かに聞こえる。何だか家の中がざわざわしているようだ。どうせ大したことじゃないだろうと思いながら、風呂に浸かっていると、誰かが脱衣所のドアを開けて入ってくる気配がした。八つ年下の弟、圭人(けいと)だ。 「兄ちゃん、風呂長い」 「いーだろ別に。お前もう入ったじゃん。ていうか、何かあった? うるさくね?」 「姉ちゃんが婚約者連れてきた。その人が、L(ケーキ屋の店名)のでかいケーキとお菓子いっぱい持ってきてくれた。早く出て食べようよ」 「…は?」 どうせチャラ男とデキ婚だろうよ、と思いながら風呂を出て着替える。
(金目当て…) 姉の婚約者を見て、若菜は、すっかり冷めきった気持ちになる。 「こちら、P商事にお勤めの今井健三さん。25歳よ」 (25? 三十後半に見えるぞ。えらいフケてんな) 「はじめまして、結人君。急にお邪魔してすみません」 婚約者は、暑くもないのに額にうっすらと汗を浮かべ、ペコペコと頭を下げる。いかにも腰が低い。 「あ、いえいえ、どうもどうも」 P商事は大企業だ。姉は彼を合コンでゲットしました。 挨拶はまた今度日を改めて、って彼は言ってたのに、「ちょっとだけ寄ってって!」と、送ってもらったときに、無理矢理家に引っ張り込んだよ。さすがに手ぶらはまずいと彼が気にして、近くの美味しいケーキ屋に閉店間際に駆け込んで、手土産を買ってきた。 最近、姉が、ちゃんと就職しなさいよ、とか言ってきてた理由はこれか、と若菜は鼻白む。こないだまでは無関心だったのに。 (フリーターの弟がいるのが恥ずかしいってことかよ) 皆でケーキを食べながら、ぎこちなくも無難に歓談した後、婚約者は帰っていった。終始、恐縮している様子だった。 (かわいそーに。見た目は冴えないけど、いい人そうで、いいとこ勤めてて、家柄もいいらしいのに、姉ちゃんみたいなのに引っかかっちゃってさ) 「お前には勿体無いようないい人じゃないか! お父さんは安心したぞ」 「超いい人だよー」 「あんた、ほんとに妊娠してないんでしょうね?」 「だから、してないってば」 「まあ別にしててもいいけどさ。結婚するんなら」 こう言ってる母親もデキ婚だ。それにしても小6の子がいるのに堂々とこういう話するとか。オープンだな。弟は全く気にする様子なく。 「なあ、母さん、さっきの、お菓子、一個だけ食べていい?」 「だーめ! 圭人、いっぱいケーキ食べたじゃない。もう遅いし、歯を磨いて寝なさいよ」 「食べたいな、一個だけ。一番小さいのでいいから」 「いいよー。小さいの一個くらい、いいじゃん。あんだけケーキ食べたんだから、もう一緒だよ」 姉が笑いながら言い、母は呆れ、弟ははしゃぎ、父は穏やかな笑顔でお茶を飲んでいる。若菜は会話に加わらなかった。婚約者がいたときも、必要最低限の受け答えしかしなかった。 (居酒屋のバイト休みで、夜のんびりできると思ってたのに、これか。何か予定入れときゃよかった) 「早いけど、俺、もー寝るわ」 席を立って、洗面所に行く。手を洗っていると、背後に気配。鏡に写った姉の顔は、明らかに不満げだった。 「何だよ」 「こっちが言いたいよ。何なの、あんた。何が気に入らないのよ。ケーキだって手ぇ付けないで。甘いもん好きなくせにさ。ずっと無愛想で。感じ悪いんだよ」 「別にー。ていうか、顔だけが取り柄みたいな男とばっか付き合ってたくせに、結婚するとなると、ああいう男なんだ。女ってこえー」 (あ、鬼の形相。すぐキレる。婚約者の前では、こんな顔絶対しないんだろな) 「お前、そういうこと、けんちゃんの前で言ったら殺すから」 「怖っ。引くわ」 「黙れ。バイトやめて就職しろっ!」 姉は、若菜の尻を蹴る。 「暴力女! けんちゃんに言うぞ!」 「真奈美、結人、止めなさい! あ、こら、圭人、いつまで食べてんの! 一個だけって言ったでしょ!」 そんな感じの若菜家の夜でした。
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