愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年04月28日(火) コンビニネタ続編5

 翌日。ゴールデンウィークが終わって学校が始まる。
『今日、学校終わってから、ちょっと会える? 家に行っていいかな? 話したいことがあって』
 真田から連絡があり、郭は驚いた。ゴールデンウィーク中に会ったとき、「中間が終わるまでは会わない。一人で集中してやってみる」と真田は言っていた。それを翻して、わざわざ会って話したいことって? 嫌な予感しかせず、胸の奥がひんやりとした。
 Iから、Jの家庭教師の件について頼まれたとき、真田なら断らないと思ったから断りきれなかった、と言ったが、それは理由の一部でしかない。Iに言われた、『苦痛でしかなかったことを、そうでなくするなんて、すごいことだ』という表現を、別のことに当てはめて、しっくりときたのが大きな理由だった。今まで、郭は、淡々と毎日を過ごしていた。業務のように日々をこなしていた。苦痛というほどでもない。いや、苦痛なのかもしれないが、深く考えないようにしていた。とにかく、そこに、喜びはなかった。苦痛らしい苦痛も喜びもない日々。そもそも、日常に起伏など求めていないし、好き好んでと言って差し支えないほど淡々と過ごしていた。色の無い生活。別にそれでよかった。なのに、真田と出会って、近付いて、惹かれて、変わってしまった。世界が色付いた。世界に色が付いてることなんて、ずっと前から知ってたけど、知らない振りをして、どうでもいいと思おうとしていたのに、そうはいかなくなってしまった。ああ、色付いたのは、自分自身か。それが幸せなのかどうか分からない。ただ、自分にとって、すごいことではあった。そういうことを、Iの言葉で、一瞬のうちに思い巡らせてしまった。
 話って何だろう。何を言われるんだろう、真田に。付き合うって言ったけどやっぱりやめる、とか。ありえそうなことだ。思い浮かぶと、そうとしか思えなくなる。だとしても、仕方ない。諦めるしかない。諦められるのか。そんな簡単に? 食い下がったりしないのか。でもそんなのみっともないし、何より迷惑じゃないか。そして、世界は、自分は、色を失くすんだろうか。それが不幸せなのかどうかも分からない、なんて。ああ、考えれば考えるほど、霧の中に迷い込んでいくようだ。真意が遠のいていく。茫漠とした空間に放り込まれる。それ以前に、あるのか、自分に、真意なんてものが。霧の中で、あるのかないのか分からない真意などというものを探してる。不毛だ。ぞっとする。日中は、夏のように暑い日もあるのに、何だか薄ら寒い心地がした。何なんだこれは。話したいことがあるって連絡受けただけで、ネガティブに捉えてこのざま。

 夕方、真田が郭家を訪れた。真田が来るのを、不安に思いながら待っていた郭だが、ドアを開けて、真田と向かい合ったとき、会えた喜びで胸が高鳴り、熱くなった。最近会ったばかりなのに。一気に霧が晴れてく気がした。真意は、目には見えないし触れられないけど、確かにあるのだと感じる。なんと容易い豹変。
 リビングに入ると、座る間もなく、郭は口を開く。
「一馬、ごめん。本当は、あの時、公園で、あんなこと言うつもりじゃなかったんだ」
 あんなこと、と言うのは、テストで何位になって、というやつね。唐突だったが、真田にはちゃんと伝わった。真田が話があるといって家を訪れたのに、郭の方が話し始めるという。しかも、二人とも立ったまま。
「うん…。そういう話が出てくる雰囲気じゃなかったもんな。俺、あの時、付き合って、とか、キスしたい、とか、言われるかもって、すごい緊張してたんだ。そしたら、テストの話が出てきて、何事かと思ったよ。でも、屋外だし、付き合ってはともかく、キスしたいはないだろう、って思い直して、俺って馬鹿みたい、って落ち込んだんだ。もしかしたら、からかわれたのかなって、悲しくなったし」
 郭に突然謝られて、びっくりした真田だが、引っ掛かっていた件についてだったので、ためらわず受け応える。
「ごめん、ほんとに。でも、からかったとかでは決してなく。あの時、改めて好きだって思って、そう言いたくなったんだけど…、急に言えなくなった。何だか、どんなに好きだと思っても、言っても、上手く伝わらない気がして、それで、咄嗟に、あんなことを…。愚かでした。申し訳ない。後悔して、反省してます」
「いや、そこまで言わなくても」
「撤回させて下さい…ほんとに…」
「うん、それはいいよ。でも、俺は俺に例の条件を課す。これはもう、そうしないと俺が納得できないだけだから、英士には関係ないので、もう気にしないで」
「……」
「英士の話は以上?」
「以上です。許してくれる?」
「もちろん。というか、許すも許さないもないよ。なんか引っ掛かってただけで、怒ってたわけじゃないから。でも、よかったよ。話してくれて、ありがとう。
 じゃあ、俺の話を聞いてくれる? バイト先で起こったことなんだけど」
 真田が話したいことって、バイトのことだったのか。郭は、何だか気が抜けた。
「一馬が話があるって言って家に来てくれたのに、先に話しちゃってごめんね…。あと、立ちっぱなしでごめん。座って。何飲む?」
「あ、立ったままだったな。じゃあ、お茶もらえる? あと、別に急いで話すようなことでもないから、全然」
 そして真田は、昨日あったことを、要約して話す。
「そんなことがあったなんて…。大変だったね。怪我がなくて本当によかった…」
 郭は、かなりびっくりしてる。
「ナイフを見たとき、怪我するかもしれないな、って思った。後から振り返ったら、場合によっては、命の危険もあったよなって。それで、俺は、思ったんだ。人生、なるべく、悔いの無いよう生きないと」
 そこで、真田は一呼吸。
「英士、キスしたいんだけど、してもいい? 別に今すぐじゃなくていいし、当然、嫌でなければ、なんだけど」
 迷いや恥じらいは、一切感じさせない口ぶりだった。コーヒーを頼んだ客に、お砂糖とミルクはお付けしますか? と聞くくらいの自然さだった。
「…嫌なわけないよ…」
 郭は、ガーン! となる。真田から言うのかっていう。しかも堂々と。なんかもう自分が情けなくてがっくりくる。しかし、郭は、何とか自分を奮い立たせ、
「もう触ってもいいの?」
「撤回済みだし、いいよ。そもそも、触れ合ったことで気が散って勉強に身が入らないなんて、この先が思いやられるよな」
「じゃあ、今すぐ」
 郭は、真田の肩に手を置いて、額にそっと口付ける。真田は、
(おいおい、おでこかよっ!)
 って、心の中で盛大に突っ込むんだけど、額の後、鼻に、頬に、そして唇に、顎にまで、優しく口付けられて、夢見心地に。
「俺は、一馬のことばかり考えてしまう。朝から晩まで。それでも足りずに、夢にまで見る」
 郭は、真田の手に、自分の手を重ねる。
「何それ、えろい夢?」
「……そういうのもあるし、そうじゃないのもある」
「俺は昔から夢は見ないというか覚えてないたちなんだけど、それはそれとして、俺も、いつも、英士のことを、英士とのことを、考えてるよ。今までのことを思い返したり、この先のことを思ったり。
 俺達、これから、どうなっていくんだろう」
「どうなりたい? どうありたい? 一馬の望みが、俺の望みだ」
 郭は、言いながら、この期に及んで主体性がない…と自己嫌悪。でも、本心だから仕方ない。
 真田は、郭の指に、しっかりと自分の指を絡ませる。
「俺は、これからも英士を好きでいたい。言葉でも行動でも、それを伝えたい。同じくらい好かれたい。好かれる価値のある自分になりたい。好きで、好かれて、好き合ってるって実感したい。身も心も。英士にも、実感してほしい。付き合う、なんて表現じゃ、曖昧過ぎる。恋人同士になりたい、ってことなんだ。…あーーー、さすがに、ここまで言うと、照れる…!」
 あっ、今更、赤面。そして、真田の言葉に、郭はまた、ガーン! ってなっちゃう。打ちのめされる。ここまで率直に言われたら、もう自分が何を言ったって、何をしたって、敵いっこない。完敗じゃないか。全く。
「…参りました…」
「参られても。だって、まだ、これからなんだよ。始まったばかりだと思うんだ、俺達」
「そうだね…」
「あと、ほんと今更なんだけど、俺、男だけど、それはいいの?」
「今更だね。あと、その問いは、自分自身に返ってくると思うけど。一馬はいいの?」
「うん、いい。いいというか、俺は、英士じゃなきゃ駄目なんだよ、最初から」
 あーあ、ガーン、の次は、ジーン、が来るね。泣けそうだよ。
 そんな話をしているうちに、結構な時間が経ってしまい、真田はそろそろ帰ることに。
 玄関で、
「今日は急にごめんな。話聞いてくれてありがと」
「いや、こちらこそ」
「また、テスト終わったらな」
「…うん」
 そこで、郭は、もう一度キスしたい、って思う。抱き締めて口付けたい。さっきみたいな緩やかなやつじゃなく、情熱的なのを。…いや、無理。できない。言えない。もうそんな雰囲気じゃないし。そんな自分がもどかしい。駄目過ぎる。
 じゃあまた、と言って、はにかんだような、少しぎこちない微笑みを郭に向けてから、真田はドアを開けて、家を出る。その表情が、とても好きだと、郭は思う。表情がっていうか、真田全部が、全体的にすごく好きだ、って思う。相手の全部なんて知らないし、この先どんなに長く深く付き合ったって、理解できない部分もあるだろう。それでも、今、知らない部分も含めて全部好きだと、好き過ぎると、思わずにはいられない。心が恋に飲み込まれてる。なんと愚かな。でも悪くない。それにしても、もう一度、キスしたかった。ああ、もう、ほんとに。飲み込まれた心が、溶けそうになりながら渇望してる。みっともない。みっともなくて構わない。今から追いかけるか。それはさすがに引かれるか。
 そしたら、インターホンが鳴った。郭はまだ玄関に居たままだったので、反射的にドアを開ける。真田が、気まずげに、
「ごめん、忘れ物したみたい。ハンカチが、」
 言葉の途中で、郭は真田の腕を引き寄せ、強く抱き締めた。真田のすぐ後ろで、バタンとドアが閉まる。そして、キス。最初のよりずっと深く唇を合わせた。
「…びっくりした…」
「俺もびっくりした。願いが天に届いたのかと思った。一瞬、神様的な存在を、信じそうになったよ」
「何の話だよ…」
「好きなんだ、ほんとに。俺の方が、好きなんだよ」
 声が掠れてた。情熱が滲み出てる。
「…英士…」
 全身熱くなって、頭の芯まで痺れてしまう。もうテストとかどうでもよくなるよね。って、それは駄目か。


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