愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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中間テスト期間に入り、順調に終わる。全体的に手応えがあり、これは五位以内に入れるかも、って真田は感じる。でも数学は、一問自信がなくて、一位にはなれないなって思った。 テスト最終日から、早速シフトが入ってる。バイト先に行くと、店の端の方で、オーナーが誰かと話していた。後ろ姿なので分からないが、若い女性だ。常連なのか、知り合いなのか、業者なのか。会釈して通り過ぎようとしたら、オーナーに、「あ、真田君」と呼び止められ、女性が振り向く。二十代だろうか、目鼻立ちのはっきりした綺麗な人だ。 「先日はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」 女性は、そこまで、というくらい深々とお辞儀をした。 (えっ…?) 知らない女の人からこんなことを言われる覚えは…。真田は彼女の顔をまじまじと見て、ハッとした。 「あの時の…!」 ゴールデンウィーク最終日、店に逃げ込んできた女性だ。髪をばっさりと切り、身綺麗にしているから、全然気付かなかった。まるで別人だ。 「あの時は、本当にごめんなさい。怖い思いをさせて、危険な目に遭わせて、すみませんでした。私を庇ってくれて、本当にありがとうございます。あなたの勇気と優しさに、心から感謝します。ずっと忘れません。あの勇敢で賢い女の子にも、どうかよろしくお伝え下さい。本当は、彼も謝りに来なければならないのだけど、合わせる顔がないと言って…。私も、どの面下げて、と思いますし。でも、彼もとても、反省しています。反省しても、許されることではありませんが…。ごめんなさいね…」 女の人は、また深々と頭を下げた。真田は、返す言葉が見つからず、はい、はい、と頷くことしかできなかった。 女性が帰った後、オーナーが、 「あの二人、結婚して遠くに引っ越すらしいよ。女の人の実家の近くで住むらしい。丸く収まったみたいでよかったね。あの人、Kさんにも会いたかったみたいだけど、Kさん、旅行中でしばらく休みなんだよね。 Lってケーキ屋さん知ってる? そこのケーキとお菓子を沢山貰ったよ。あの店の、美味しいんだよなあ。高いけどね。休憩中に食べてもいいし、家にも持って帰ってね」 あんなことがあったのに、結婚するのか。それとも、あんなことがあったからこそ、なのか? オーナーが言うように、『丸く収まった』のかどうかは分からないが、彼女の様子を見る限りでは、とりあえず大丈夫そうだ。 『庇ってくれてありがとう』 『勇気と優しさ』 女性に言われた言葉を反芻する。自分が余計な一言を言わなければ、余計な手出しをしなければ、男が自分を威嚇することも凶器を出すこともなく、あんな大事にならなかったのではないかという思いが、澱のように心の底にあった。でも、もう一度あの場面に戻ったとしても、やはり同じようにしてしまうだろうから、後悔しても仕方ないと、考え過ぎないようにしていた。だけど、自分の判断が間違っていたのではないかと悩み、苦しかった。 (よかった…) 全然庇えてなかったけど、役に立てなかったけど、勇気も優しさもほとんど持ち合わせてないけど、間違ってたのかもしれないけど、でも、いいんだ。よかったんだ、あれで。安心感か、解放感か、頭と体から力がすっと抜けていくようだった。 「真田君、怖い思いして大変だったと思うけど、辞めたりしないよね? 真田君が辞めたら、困っちゃうよ。ほんと、辞めないでね」 シフト埋まらなくなるしね? 「あ、はい、辞めません」 「ああよかった! あっ、そうそう、この土曜から新しい子が来るから。男の子で、同い年だよ。D高生だって。バイト自体が初めてらしい。最初の一時間くらいは僕がみるけど、あとはよろしく。レジ教えてあげて」 「えっ、…はい」 真田は、教えるより教えてもらう方が圧倒的に気が楽なタイプ。バイトの入れ替わりが結構あるから、自分より新しい人も増えてきて、荷が重く感じられてくる。新人を教えるなんて、かなり気を遣う。 (同い年か…。ずっと年上とかより返って緊張するなあ…。でも、女子よりは男子の方が気兼ねがないな。いや、人によるか。それにしても、D高生かー…) なんだか気乗りしない真田でした。
土曜日。真田がバイト先のバックルームに入ると、新人らしき男子がいた。やたら爽やかだったので、咄嗟に言葉が出ず、向こうが先に、「今日から入ることになったMです。よろしくお願いします」と挨拶した。あ、笑顔も爽やか。これでD高とか、ちょっとずるくないか。何か気後れしてしまう。Mは、引き続きバックルームでオーナーと話し中。真田は、着替え終わって店に出る。 「見た? 新しい子?」 今日一緒に入るのは、Cだ。専門学校生のNもシフトに入っているが、少し遅れてから来るらしい。Nは、遅刻常習犯で、急な欠勤もある。でも、仕事は出来るし、人柄もよく、辞められると困るから、オーナーはそんなに強くは注意しない。 Cは、どことなく色めき立っていた。 「さっき挨拶しました。男前ですね」 「そーう! かっこいいから、ちょっとびっくりしたんだけど。あっ、真田君には真田君の良さがあるからね。常連のお年寄りに人気だよ、君」 「Cさん、それフォローですか? 返って傷付くんですけど」 「あははっ、ごめんごめんー。いや、でもね、ほんと、人気なんだって。いつも130番(煙草の番号)とホットのS買ってくお爺さんいるじゃない? こないだ、真田君が休んでるときに来てね、『あの子がおらんなら、今日はコーヒーはいらん』って、煙草だけ買ってったんだよ。真田君、コンビニもいいけど、介護関係とか向いてるかも」 Cさん、私語多っ。真田は、まともに聞いてる時間が惜しいので、煙草の補充をしながら聞く。そうしてるうちに、オーナーとMが出てくる。爽やかMは、コンビニの制服も様になってる。これ、ファンがつくな。女性客増えるかも。ただでさえ忙しいのに。でもまあ店にとってはいいことだ。レジは、オーナー+新人とCに任せ、真田は、掃除してからウォークインへ。あー、忙しい。基本、Cは、言われないと掃除しない。ウォークインも、よっぽどじゃないと入らない。 (別にいいけど) って、真田は思った。 (俺がやった方が早いし。それ以前にやってなんて言えないから、俺がやるしかないし) Bさんがいたらなあ、と真田は思う。Bは、なるべく皆が平等になるよう仕事を割り振っていた。結局、Bは、バイトを辞めたのだ。親の介護とバイトを両立することが不可能になってしまった。 (大丈夫なんだろうか、Bさんは…。Bさんがいなくても店が回ってるのが、なんか寂しい…) そんなことを思ったところで。真田君なら大丈夫、というBの言葉を支えに、嫌なことや納得いかないことがあっても頑張ってきた。Bが教えてくれたことは、何でもメモしてる。ほとんど全て、一から、Bが教えてくれた。業務だけでなく、心構えまで。心構えは、言葉で教えられたんじゃない。そうだったら、ここまで見習おうとは思えなかったかもしれない。Bの姿勢と働きぶりから、真田は学んだのだ。 (Bさんがいなくても、頑張ろう。Bさんに教えてもらえて、ほんとによかった) とか考えながらも、テキパキと飲料を補充していく。ふと、ウォークインの扉が開いた。 「おつかれー、さな。遅れてすまん。ウォークイン、代わるわ。オーナー外出するって言ってるから、新人に付いてやって」 Nだった。彼は、真田を、さな、って呼んでる。 「おつかれさまです。新しい人には、Cさんが付いてればいいんじゃないですか?」 「Cさんに適当な仕事教えられたら困るだろ。Cさん、動かねーよなー。って、遅刻しといて言える立場かって感じだけど」 「…じゃ、Nさんが付いたらどうですか?」 「あのイケメンに? やだよー。とにかく、オーナーが、さなに付くよう言ってるんだから。はいはい、長いことウォークインいたら寒いから、早く出て、レジ行って。あ、どこまで出来た?」 「アルコールがまだです。じゃあ、すみませんが、よろしくお願いします」 「了解ー」 レジに戻ると、早速オーナーが、「あ、真田君、僕はもう出るから、後はよろしく。真田君は、ずっとM君に付いてて。Cさんは、レジ見つつFF(揚げ物)をお願いします。午後からは品出しもね。後はまあ、N君の支持に従って」 Cは何となく不満げだった。真田と役割が逆なのがよかったのだ。 それにしても、アルファベット増えると混乱しません? Mは適当に名前付けますか。Mだから、牧(まき)にしようかな。もう、牧 真樹生(まき まきお)でいいんじゃないか。まあ、とにかく、真田は牧に教えるんだけど、全然大変じゃなかった。飲み込みが早い。一度言ったら分かってくれる。言わなくても、真田のやり方を見て、吸収する。だからって、自己判断ではやらず、何か疑問があれば、すぐに聞いてくる。邪魔にならないタイミングで。こう覚えがいいと、ますます気後れしそうなものだが、純粋に感心した。教え甲斐がある。 二人で休憩中、 「ほんとにコンビニ初めてですか? 初日からあまりに出来るので、びっくりしてます」 「バイト自体初めてです。教え方がいいんですよ。真田さん? 真田君? どう呼べばいいです?」 さらっと『教え方がいい』とか言っちゃうし。 「同い年だし、呼び捨てでいいです。あと、敬語でなくていいです」 牧が笑った。敬語じゃなくていいって言った本人が敬語だから。 「牧君? 牧?」 「牧、でいいよ」 まあ、そんな感じで、真田が心配してたほど気疲れせずに、無事一日が終わりましたとさ。ところで牧君は、ほんの脇役です。Mのままでもいい人です。真田にちょっかい出すとかいう展開にはなりません(素)というかもう出てこないと思うよ。
一方、郭はというと。 「先生、何かいいことありました?」 家庭教師先、J家です。勉強の時間が終わり、片付けてる郭に、Jが聞いてきた。 「何で?」 「やっぱりいいことあったんだ」 「あったって言ってないよ」 「だって、否定しないから。先生、にやけてますよ」 「…にやけて…?」 思わず、顔に手をやってしまう。 「あ、表情じゃなくて、雰囲気が。空気が。彼女といいことあったんですか。いいなー。楽しそう。高校生っていいなー」 「……」 女子中学生、怖い。
それから間もなく、テストの結果が出ました。真田は、全体で五位、数学では二位。あー、なんか、予想通り…、と真田は思った。例の条件が無ければ、充分な結果だが、数学で一問外したのが悔しい。 (悔しい、とか、そんな気持ちになるなんて。いや、今までも、悔しいと感じたことはいっぱいあるだろうけど、自分が悔しく思ってるってことを、認めようとしてなかった。別に構わない、って、思おうとしてた。でも、今、素直に悔しい…)
平日、真田がシフト入ってる日。上がる時間に、郭がコンビニに来る。たまに、夜の公園マチカフェデートしますよ。15分程度だけど、幸せな時間だ。 真田は、テストの結果を伝える。 「やっぱり数学、駄目だった。分かってたけど、改めて残念…」 「すごくいい結果じゃないか。立派だよ」 「うん、まあ、今回は頑張った」 「今回だけじゃない。一馬はいつも頑張ってるよ」 真田は、何か恥ずかしくなる。郭が、お母さんみたいなこと言うから。 「あ、そういえば、最近、新しいバイトが入ったんだ。同い年でD高だって。牧って言うんだけど、知ってる?」 「…牧真樹生?」 「まきまきお? まきおっていうのか、あいつ」 あいつ、という呼び方に気安さを感じ、郭は何となくモヤモヤする。それにしても、D高はバイト禁止なんだ。って、郭はバイトしてるけど。許可取ってやってる。許可を取らずにやってる生徒もいるけど、さすがに高校から近いコンビニでっていうのはまずい。牧は、D高はバイト禁止というのを知らないんだよ。 「牧って苗字の男子が学年に一人だけかどうかは分からないけど、俺が知ってるのは、牧真樹生だよ。去年同じクラスだった」 「男前?」 「男前だね」 「じゃあ、そいつだ。関わりあった?」 「ほとんど話したことない。顔と名前が一致してるってくらい」 「そうなんだ」 「仲良くなったの?」 「いや、別に。二回一緒にシフト入ったけど、めっちゃ覚え早いよ。さすがD高生」 「高校は関係ないよ。牧が器用なんだろう。コンビニのバイトは、俺には無理だ」 「そんなことないよ。英士なら、すぐ覚えるよ」 「そういう問題じゃない。愛想がない。笑顔がない。接客業は無理だよ」 「まあ、『いらっしゃいませこんにちはー』とか明るく言ってる英士なんて、想像つかないけど」 「うん。それはともかく、一馬と牧が仲良くなったら嫌だな」 「シフト一緒のことあっても雑談する暇はほとんどないし、そんな仲良くはならないだろうけど。牧のこと苦手? いい奴そうだけど」 「ほとんど話したことないから、苦手も何もないよ。ただ、一馬と親しくなるのかなと思うと嫌なだけ」 「牧が女子なら、英士の言うことも分かるけど、男子だぞ?」 「そうだけど」 「そんなのよりずっと、英士が女の子に勉強教えてる方が心配だよ。家庭教師は同性の方がいいだろ。間違いが起こったらどうするんだ」(真剣) 「俺も同性の方がいいだろうとは思うよ。間違いは起こらない。リビングだし。部屋でも起こらないけど。あと、中二だよ」 「中二の男子は子供だけど、中二の女子は女だよ」 「…その物言い…」 「何だよ…」 「あるの?」 「何がだよ。ないよ。さっきのは一般論だ」 「そうなの?」 「童貞だよ、もちろん」 郭は、最後の一口のコーヒーを飲もうとして、気管に入ってしまい、咳込んだ。 「大丈夫?」 真田は郭の背中をさする。 「…大丈夫、ちょっとむせただけ」 「英士は?」(笑顔) 「何が?」 「何が? さっきの話の続きだよ」(笑顔) 「………」 「えっ」(真顔) 「いや、」 「あるんだ。結構というかかなりびっくり。まあまあショックだ」 「ちょっと待って。あるとは言ってない。微妙なんだ」 「微妙? 途中までってこと? でも結局は、あるかないかの二択じゃないか?」 「じゃあ、ない。多分」 「何それ…」 「聞きたいなら話すよ。でも、ここじゃちょっと…。また今度、家で」 「絶対聞きたくないのにすっごく気になるという、やっかいな気持ち…」 「ごめん…」 「悪くないのに謝るし…」 「いや、」 「…ごめん。そろそろ帰ろっか」 「うん…」 ちょっとぎこちない感じになっちゃった!
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