愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年04月27日(月) コンビニネタ続編4

 ちょっと私の日常の話も。なんやかんで、なんか忙しいです。いつも何かに追われている感じが…。そんな日々の中、日記(ではなくなってるけど)に何書くか考えたり、実際に書いたりするのを楽しんでおります。妄想は楽しいけど、それを形にしようとするとめんどくさくて、でも何とか形にしてみるって、思うようにはいかないけど、面白いです。

「郭先生、何かあったんですか?」
 家庭教師先でのこと。勉強が終わり、帰ろうとしたところを、J母に引き止められ、お茶とお菓子をいただくことに。郭は、さっさと帰りたいんだけど、毎回断るのも気まずいので、たまには。
 先のJの言葉に、郭はふと我に返った。さっき、意識が別の方向にいってた。それを見抜かれたのだ。それにしても、先生と呼ばれるのは、未だに慣れない。
「いや、何もないけど」
「心ここにあらず、って感じですけど。彼女とケンカでもしたんですか?」
 郭が何か答える前に、J母が、「こら、何言ってるの」と娘をたしなめる。
「別にいいでしょ。そんな気がしたから言っただけ」
「ケンカなんてしてないよ」
 郭が何食わぬ様子で答えたので、Jも母も、おっ、という顔になった。スルーされるだろうと思っていたから。
「先生、彼女いるんだー。D高? 同じクラス? 美人?」
「やめなさいよ。先生を困らせないの」
「別に構いませんよ。別の高校で、美人というよりは可愛い感じ。はい、この話はもうおしまい」
 適当に流せるのに、何を答えてるんだか。と、自分に呆れつつ、また意識が別のとこにいきそうになる。
 帰り道、郭は、しみじみと、失敗したな、と思う。Jの質問に答えたことではない。そんなことはどうでもいい。真田にしたお願いについてだ。言った瞬間から、失敗だって分かってたけど。大失敗だった。時を巻き戻したい。そんなことできるわけないけど。何であんなこと言ったんだ。すごく後悔してる。触れないのがつらいんじゃない。いや、つらいけど。でもそれは大した問題じゃなく、表面的なものだ。自分の愚かさが、真田を苦しめてる。それが問題で、それが問題だとわかっているのに、解決策を見出だせないのが問題だ。

 ゴールデンウィーク最終日、真田は9時17時のシフトだった。これはかなり疲れるよ。でも今日が終わればしばらく休みだと思うと、なんだか寂しい気持ちにもなる。今夜からは勉強に専念できる…って、あー、気が重っ。休日のコンビニは、朝や昼のピークはないが、暇な時間というのもあまりない。しかし、3時を過ぎ、客足がすっかり途絶えた。今日は、どうしても人手が足りず、普段は三人体制のところを、二人で回していた。一緒に入っているのは、フリーターの女の子、Kさんだ。
「お客さんいないし、ちょっとウォークイン(冷蔵庫)補充してきていい?」
「あっ、俺が行きますよ」
「いいよー。こないだも真田君がしてくれたし。今回は私がやるね。レジが混んだらブザー鳴らしてね」
「はい。じゃあ、お願いします」
 カウンター下には、ウォークインに繋がるブザー、バックルームに繋がるブザー、後は勿論、防犯ベルもある。
 Kがウォークインに入ってしばらくしてから、一人の女性客が、店内に走って入って来た。相変わらず客はおらず、真田は前陳(商品を前に出す)中だったが、女性の鬼気迫る様子に、ぎょっとした。見たところ二十代半ば。化粧気のない青ざめた顔には不安が張り付き、長い髪は乱れ、部屋着にサンダルで、いかにも何か急なことがあって急いで家から飛び出て来た、といった様子だった。女性は、迷わず真田の側に走り寄り、
「助けて下さい」
 と、息を切らせながら言った。真田が、何事かと聞き返す間も無く、今度は、一人の男が入店して来る。ひっ、と女が小さく声を上げた。男は、女と同じ年頃に見え、中肉中背だったが、妙な威圧感があった。無表情で、こちらに大股で近付いて来る。
「帰るぞ」
 低い声だった。男が女の腕を掴んだ。容赦ない様子で、乱暴な仕草だった。
「やめて…」
 今にも消え入りそうな声で、女は言ったが、それ以上の抵抗をする気はなさそうだった。関わらない方がいいと、頭では思うものの、真田は口出しせずにはいられなかった。だって、女は、助けて、と言ったのだ。
「嫌がってますよ」
 その言葉に、無表情な男の顔が、怒りで歪んだ。男は、女を突き飛ばすようにして横にやってから、真田の胸倉を掴んだ。成り行きにしばし呆然とした真田だが、男と向き合ったとき、その男を弱いと感じる。次の瞬間には簡単にのしてしまえる、と思う。単なる空想や楽観じゃない。真田は腕に覚えがあるのだ。小さい頃、可愛かった(らしい)真田を心配した母は、護身術的なことを身につけさせたいと思っていた。でも、まだ幼稚園だしどうしよう、柔道か、空手か、とか考えていたら、たまたま、真田父の部下で、実家が護身術教室をやってる人がいた。彼の一族は、柔道やら空手やらをやってる人が多く、彼自身も長く武道を嗜んできたが、その道には進まなかった。真田は、その人に色々教えてもらったり、教室にも通ったりしてました。まあとにかく、そんな感じで、真田は、幼い頃から中学に上がるくらいまで、ぼちぼち訓練を積んでいたので、相手を倒せるって直感的に感じるんだけど、いやいや、倒してどうする、怪我なんかさせたら面倒なことになって、店に迷惑かけてしまう、と思い直す。穏便に済まさなくてはならない。
 男は胸倉を掴んでいるものの、本気で締め上げようとしているわけではなく、ただの威嚇に過ぎない。その手から逃れることは容易いが、真田はあえてそうはせず、
「お客様、どうか落ち着いて、乱暴はお止めください」
 警察を呼ぶことになります、と言ったとしたら、相手は怯むのか、逆上するのか、出方が分からない。カウンター内に入れば、防犯ベルを鳴らせるが、今は無理だ。Kはウォークインからまだ出てこないし、客も来ないし、今は自分だけでこの状況を乗り切るしかないようだ。
 ふと、今までへたり込んでいた女が立ち上がり、出入り口に向かって走ろうとした。男は、真田を放し、女の腕を再び掴む。咄嗟に男を止めようとする真田に、男は、さっとジャケットのポケットからナイフ取り出し、刃先を向ける。しまった、と真田は思う。男がポケットに手を入れる瞬間まで、凶器を持っている可能性を考えていなかった。刃物を他人に向けている時点で、もう正気ではないだろう。きっと説得しても無駄だ。刃物をめちゃくちゃに振り回されたら、対処しようがない。そうなったら、自分程度の護身術は役に立たない。逃げるが勝ちなのだ。でも、自分が逃げたら、女の人はどうなる。そんなの関係ないとは思えない。
 その時、真田は、あっ! と思った。何とか声にも顔にも出さずに済んだのが幸いだ。ウォークインに入っていたはずのKが、いつの間にか、男の背後に忍び寄っていた。そして、手に持った1.5Lペットボトルの水を、男の頭部に打ち付けた。男が衝撃でよろめいた隙に、真田は、男の右手を捻り上げてナイフを落とし、男を取り押さえる。急いでカウンターに入ったKは、防犯ベルを鳴らした。
 その後は、何事かと近所の人々が集まるし、警察が来るし、オーナーも慌ててやって来て、てんやわんやだった。
 やっと帰宅した頃にはヘトヘトだった。怪我がなくて本当によかった、と、オーナーは今にも泣きそうになりながら言っていた。一人で帰れるのに、母親に連絡を入れられ、迎えに来てもらうことになった。さぞ狼狽した様子で現れるだろうと予想していたが、母親は意外なほどに落ち着いていた。後から聞いたところによると、動揺し過ぎて逆に無になっていたらしい。帰り道、母親は、何度も、無事で良かった、と繰り返し、「一馬に何かあったら、お母さんは生きていけないわ」と、深刻な調子で言った。母がどれだけ自分のことを大切に思って心配しているか感じたが、そんなこと言われても、という気持ちにもなった。たとえ、自分に何かあったって、母親は母親で、何とか生きていかなければならないのだ。逆も然り。親に何かあっても、自分は生きていかなければならない。仕方がない。苦労など知らない子供が何を悟ったように、と大人は鼻で笑うだろうか。でも真田は、強がっているわけでも大人ぶっているわけでもなく、困難な状況になっても何とか生きていく他ないのだ、という思いになっていた。それは真田を滅入らせ、しかし、勇気付ける何かがあった。ふと、郭のことを思い出した。バイト先で何かあったとき、たまたま郭が居合わせる、ということが何度もあった。でも今回は、そうじゃなかった。途中で現れたりしなくて、本当によかったと思う。
 その夜、若菜から電話があった。
「おー、一馬! 大変だったらしいな! おっちゃんから聞いたぞ!」
 おっちゃんというのは、オーナーのことだ。
「まあまあ大変だったよ」
「まあまあって。余裕だな、おい。さすが、腕に覚えあり。護身術は役立ったか?」
「いや、俺は全然。Kさんに助けられたよ」
 一部始終を話し、若菜に質問されるままに答える。
「いやー、怖い怖い。やだな、まじで。俺、絶対やだわ。でも、ある意味、貴重な体験したな。夜勤の人で、コンビニ強盗に遭遇した人いるらしいけどな。うちの店でじゃないけど。深夜じゃなくても、怖いことあるんだなー」
「何が起きるか分からない世の中だよ」
 あの男女は、近くのアパートに住んでる恋人同士だったらしい。何故ああなったのか、その後どうなったのか、詳細は分からないが、事態が収束するのを願うばかりだ。青ざめた女の人が元気になるといいし、正気を失った男の人が落ち着いていたらいいと思う。安寧が訪れるのを願ってる。貴重な体験をしただなんて、到底思えないが、散々な目に遭った、とまでも感じない。こういうこともあるのだと、ずしりとした重みが、胸に伸し掛かっている。今回は、出くわした、という感じだが、自分が当事者になる場合もあるのだろうか。実物の凶器ではなくても、刃物のような感情を、相手に向けるようなことが、向けられるようなことが。ずっと憎み合っていた相手ではなく、愛し合っていた相手でも。まさか。そんなことが。
「今回は、神様だか王子様だかのように英士が登場したりはしなかったんだな」
「うん、しなくてよかった」
「あいつ、意外とマヌケなとこあるからな。現れてたら、無駄に怪我してるぞ」
「…そうならなくて、よかったよ」
 郭が怪我をする、大怪我をする、例えば自分を庇って。そうなったら、返せない大きな借りになる。もう、好きな人、というより、命の恩人、になってしまう。恋という言葉が、感情が、軽く感じられる枠組みに変わってしまう。
「そうならなくて、よかった」
 単純に、郭に怪我をしてほしくない、痛い思いや怖い思いをしてほしくない、という気持ちからだけの言葉ではない。
 どうして、ただ好きでいて、その人の幸せを、健康を、願うだけではいられないのだろう。


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