愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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春休み中、「ちょっと宿題教えて下さいな」って、若菜が真田の家に来る。学校では春休みの宿題は特に出されてなかったので、真田は、えっ、ってなる。 「塾の宿題だよ」 「彼女と一緒にしたらいいのに」 「彼女、俺以上にできないんだよ。できないもん同士でやってどうなる? 方向音痴同士で迷宮に入るのと同じだろ。迷いまくるだけ。入り口に戻ろうにも戻れない。地獄じゃん」 「それは恐ろしい…」 「そうそう」 そんなわけで、真田は若菜の宿題を手伝う羽目に。そういや、小学生の時も、夏休みの宿題を手伝わされた記憶がある。 「よっしゃ、終わった! 一馬、よくやった!」 「はいはい」 「それで、どうよ最近、英士とは」 「急に話が変わってびっくりした」 「付き合ってんの?」 「何言ってんの?」 「だって、チョコ渡して、動物園デートしたって聞いたら、付き合うことになったの? ってなるだろ」 「そういうんじゃない。そもそも男同士だから」 「何を今更。一目惚れのくせによく言うわ」 「…結人、お前、ほんとに…」 「お、何? 反論あんの?」 「反論したところで、言い負かされるのが目に見えてる…」 真田はしゅんとして、俯いてしまう。 「えー、何だよー、俺が悪者みたいじゃん。心配してやってんのにさ」 「心配してくれるのはありがたいけど。…英士にも言ってんのか? こういうこと」 「言ってるような言ってないような」 「言わないでほしい」 切実な声色だった。 「何で?」 「何でって、迷惑だろ。嫌がられるよ。困らせるし。気まずくなる。たとえ冗談でも。気持ち悪がられる」 そしたらもう自分は…、そう思うと、絶望的な気持ちになる。絶望? そんな大げさな、とも思うけど、拒絶されるのを想像すると、心が凍り付くようだ。 「ひどいな。お前、その思考はひどいわ。英士に失礼だろ」 「…!」 そこで真田は、動物園に行った帰りのことを思い出す。郭とぎこちなくなってしまった件を。 「あと、ほんと今更だから。迷惑なら、最初からかけ続けてるじゃん。英士はそれを迷惑とは思ってないから、もし多少は迷惑だと感じてても、それでもいいと思ってるから、受け入れてんだろ。お前こそ、言わないでほしいね。英士の気持ちを台無しにするようなことはさ」 真田は、若菜に何か言おうと顔を上げるんだけど、結局口を閉ざして、また俯いてしまう。結人はこれ以上言葉を重ねず、真田が何か言うのを静かに待ってる。でも、真田は沈黙し続け、時間は過ぎていき、 「そろそろ帰るわ」 「…うん」 「ありがとな、宿題。助かった」 「うん」 帰り際、玄関で。若菜は、言おうか言うまいか、少しだけ迷ってから、 「お前は昔から、自分のことダメだと思ってるみたいなとこあるけど、全然ダメじゃない。真面目で賢いし、バイトも頑張ってるし、意外と根性ある。でも、お前がそうじゃなくても、勉強頑張ってなくても、バイト引き受けてなくても、俺は、いいと思うよ、お前のこと」 英士だってお前のことをいいと思ってんだよ、っていうのは、心の中で付け足した。そんなの俺が言ったところで、と思ったから。 若菜が出てって、ドアが閉まった後、真田はちょっとだけ、泣いてしまった。
その翌日。塾帰りに、若菜は郭とエレベーターで一緒になる。若菜が、11階(郭家)ボタンを押す。郭が、5階(若菜家)ボタンを押そうとすると、 「あ、押さんでいい。お前んちでちょっと暇潰すわ」 「……」(嫌そうな顔) 「何だよ。もう暇だろお前」 そんで、郭家に当然のようにお邪魔して、勝手知ったる様子で手を洗い、テレビを点ける。 「自分の家かのように…」 それで、ほんとに自分ちかのようにリビングでくつろぐ若菜。 「俺、思うんだけど、一馬って頑張ってるよな。バイトも勉強も、お前へのアプローチも。よくやってるよな」 「何が言いたいの」 「『俺も好きだ』って、言ってやりゃいいじゃん」 「俺『も』、って、一馬から好きとは言われてないけど」 「おーやだやだ。そんなん、明らかに好きだろ」 「…」 「俺さー、ずっと前から、英士はきっと一馬を気に入るだろうなって思ってたんだよな。だから紹介してやろうと思ってたんだけど。そしたら、一馬の方が先に、英士を気に入っちゃった。 一馬からじゃなきゃ、駄目なのか? 一馬が先にお前を好きになったから、告白するのも一馬からなのか? お前も好きなのに? 何で? プライド? そんなんくだらねーと思わんの?」 「…けしかけるね…」 「だって、面白いから! というのもあるけど、俺は、頼まれてんだよ、母さんからも、一馬の母さんからも、一馬のことよろしく、ってな。実際は特に面倒みてないけど、主にからかってるんだけど、でも、たまに思い出すんだよな。昔のことを。そういや頼まれてたなーって、なるんだよな。でも、もう、後はお前に任すわ」 「…任すとか言われても」 「よろしくー」 「何で、俺が一馬を気に入るって思ったの?」 「それはな…」 若菜は、こんな奴だけど、意外と物事の本質を見抜いていたりする。だから、凄いことを言う気がした。郭の胸のモヤモヤを、パッと晴らす、鋭い光のような。 「カンだ」 「カン?」 「そうだ」 「期待した俺が馬鹿だった」 「そうそう、馬鹿なんだよ。プライド高くて、怖がりで、意気地無しなんだよ」 「……」 自分なりにまあまあ勇気出して歩み寄ったりしてるつもりだけどな、って郭は思うものの、口で若菜には敵わんので、ここは言い返さない。 「神様にも王子様にも程遠いぜ」 「それは確かに」
つい最近の、若菜と彼女の会話。 友達と友達を結び付けてやったんだぜー、とか、若菜は彼女に話します。変なふうにではなく、自分の友達と、また別の友達の間を取り持って、三人で仲良くなったぞ的な。直接的に若菜を通して知り合ったわけではないけどね。 「何で取り持ったりするの?」 「何で? なんか合いそうな気がしたから」 「私ならしない。だって、合わなかったら気まずいし」 「合わない場合は仕方ねー」 「それに、その友達同士の方が仲良くなっちゃったら、どうするの?」 「どうするのって、今まさにそんな感じよ?」 「えっ! そんなの寂しいよ!」 「えっ」 (寂しい? 俺が? その発想はなかった。そして実際全く寂しくない) 若菜は、郭が孤独というか、他人には心を開かないように見えて、真田もまた、そういう部分があるって感じてた。別にそんなの本人の自由だし、性格なんだろうけど、寂しくないのか? って思いがあった。真田が郭に惹かれて、郭もそれに引っ張られるように惹かれている様子を見て、これでお互い寂しくなくなるんじゃないか、って気持ちでいた。そのことで、自分が寂しくなるとか、全然考えてなかった。 「結人君って、意外とお人好しだよね」 「それ褒めてる? けなしてる?」 「当然褒めてる! そういうとこ、すっごく好きだよ!」 ラブラブですな。 それにしても。寂しさを抱えて生きてきて、もうこの人がいれば寂しくない、という人に出会って、相手も同じように思っていたとしたら、それは素晴らしい、奇跡のような結び付きだけど、それで寂しさから逃れられるなんてことはないよね。
桜はもう見頃です。一緒に桜を見たい、という思いは、真田も郭も同じなのに、お互いなかなか言い出せぬまま、春の雨と風に、桜の花は散らされていってる。
次回で終わりのつもりですが、長くなったら二回に分けます。
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