愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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| 2015年04月11日(土) |
コンビニネタ24(終) |
桜は満開の時期を過ぎつつあった。春休みも終わりに近付くある日、郭は真田をプラネタリウムに誘う。駅からバスで小一時間かかる場所に科学館があり、プラネタリウムの他、館内には色んな展示や体験コーナーがあり、屋外にはアスレチックが広がっていて、小学生がよく行くような場所だ。真田も前に、何度か行ったことがある。真田は、郭に誘ってもらってすごく嬉しいけど、緊張する。それにしても、プラネタリウムって。星が好きなのか? 意外なような、似合ってるような。 「プラネタリウム、好きなのか?」 「いや、そういうわけじゃなくて。こないだ動物園で、ちょっと童心に返った気がしたから、久しぶりにプラネタリウムにでも行ってみようかと思って」 「小さい頃によく行った場所?」 「いや、数えるほどしか」 バスの中でそんな会話をしながら、科学館へ向かう。 無事に到着して、並んでチケットを買い、プラネタリウムに入場したのはいいが、上映後間もなく、真田は寝てしまう。郭の肩に頭をもたせかけて、本格的に眠る。昨夜緊張して、なかなか寝付けなかったのだ。なのに、早起きだったから、ほとんど寝てない。適温で、薄暗く、優しいナレーションと音楽が流れる星の中、眠くなるのもしかたない?
郭が前にここに来たのは、小一か小二の頃だった。家族四人。父、母、姉、自分。姉はプラネタリウムには興味がないと言い、父親と一緒に、屋外のアスレチックで遊んでいた。そうだ、あの時はまだ、父親がいたのだ。母親と一緒にプラネタリウムを見るとばかり思っていたのだが、入り口前で、母は、 「私は、ここで待ってる。一人で見れるわね?」 と言った。どうして? 一緒に見ようよ、と訴える発想はなかった。母は、こうと決めたらこうだ。意見を曲げない。怒ったり、言い聞かせたりして、子供に言うことを聞かせようとするタイプでなはく、言うことを聞かないなら、じゃあもういいわ、となる。郭は、怒ったり泣いたり、大笑いする母を見たことがない。いつも静かな眼差しで、ずっと遠くを見ているようだった。 母親に、分かった、と言い、渡されたチケットを手にして、一人で入場する。上映が終わって出て来たら、母親がいなくなっている予感がした。不安だったが、それほど恐怖ではなかった。なるようになるのだろう、と思っていた。結局、母親は、郭を見送ったときと同じ場所で、座って待っていた。プラネタリウムから出てくる郭を見つけて、穏やかに微笑んだ。安心したが、予想が外れてがっかりした気にもなった。
あの時、作り物の星空の中で、宇宙でたった一人のような気持ちになった。特別怖いとか寂しいとかはない。ただ圧倒的な、自分は一人である、という気持ち。そして、星空と溶け合ってしまうような不思議な感覚。孤独で、安らかで、息苦しいような、自由なような、心細いような、怖いものなど何もないような、何とも形容しがたい…。あの感覚を、今でも覚えている。夜寝る前に、ふと思い出すことがある。あの感じが訪れないものかと、記憶をなぞり、プラネタリウムに心を飛ばそうとするが、思い出すことはできても、再現されることはない。またここに来れば、あんな感覚になるのだろうかとも思っていたが。 (全然ならないな) あの時、心が星空に吸い込まれてた。でも今は、ただの景色でしかない。 あの感覚が訪れるのを期待してたのか、訪れないのを確認したかったのかも分からない。そんなことより、肩にもたれかかっている温かい重みが気なってしかたない。真田の髪からか服からか、清潔な香りがする。そんなことで、胸が締め付けられるなんて。 (本気で寝てる。口開いてる。あ、よだれ出そう) 上映が終わり、ライトが点く。それでも真田が寝てるので、郭は真田の肩をそっと叩き、 「一馬、終わったよ」 「……えっ…、あっ…!」 「よだれが…」(嘘。実際は出てない) 「わっ!」 真田は咄嗟に、袖で口元を拭った。 プラネタリウムを出て、科学館の窓から外を見ると、雨が降っていた。夜には雨になるという予報だったが、まだ正午なのに。 「ごめん! ほんっとーにごめんなさい!」 真田は平謝り。館内にあるカフェで、ランチ中。外が雨のせいで、中は混雑していて、カフェも満席だった。 「いいよ。眠くなるの分かるし」 「いやいや、ほんとにもう…。もう一回見ていい!?」 「見たい? また寝るんじゃない?」 必死なのが可愛くて、つい意地悪言ってみたり。 「もう寝ないよ!?」 「もういいよ」 真田は、郭が呆れてるのかと焦ったら、 「笑ってるし…」 「だって、面白いから」 「面白いって…。俺はもう、申し訳なくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたい、とは、正にこのこと…」 「つまらなかったよね。付き合わせてごめんね」 こんな言い方したら、さらに恐縮するって分かってるけど。 「そうじゃなくて!!」 「いや、ほんとに、いいんだ。一緒に楽しみたかったわけじゃなくて、ただ、隣にいてくれるだけで充分だったんだよ。だから、気にしないで」 「う…」 これは本心なんだけど、真田は慰めだと受け取る。 「待ってる人もいるし、食べ終わったらすぐ出ようか」 そんなわけで、さっさとカフェを出て、見るともなく館内の展示を見て回る。真田は、居眠りのことを気にし続けてて、意気消沈気味。 まだ外は雨。本降りだ。雷注意報も出ているらしい。 ざっと見終わったので、その辺のベンチに腰掛ける。館内は、子供たちで賑わっていた。窓から外を見ると、レインコートを来た幼児や、傘を差した子供や、その親達が、ぽつぽつといた。帰ろうとしてるわけではない。中遊びに飽きて、雨でも外で遊んでいるのだ。付き合う親は大変だ。でも、幸せだ。今は、大変だという気持ちの方が大きくても、後になって振り返れば、あのときは幸せだった、と思うはずだ。 「今度は一馬が行きたいところに行こう」 「ううん、というか、その気持ちは嬉しいんだけど、また今度、来ていい? ここに。このままだと、一生悔いが残るので…」 大げさな。でも、本心だった。 「じゃあ、また、機会があれば」 「よろしくお願いします…。これに懲りずに…」 「また寝たら面白いのに」 「ええっ!」 郭って、こんな軽口叩くんだ。真田は少し意外に思って、でも、気安い感じがなんだか嬉しい。 「英士って、結構意地悪なとこあるんだ…」 「そう。結人から聞いてない?」 「聞いてたけど。でも、ほんとは…、やっぱいいや」 「何? 続けて」 「…ほんとはすごく優しいってこと、初めて会った時から分かってる、って言おうとしたんだけど、恥ずかしくなって止めた」 「よくそういうこと言えるね。本人を前にして」 「だから止めたのに、英士が言えって言うから!」 あ、今、一瞬、暗い空の一点が光った。しばらくの間。低い雷鳴。外にいる親子達が、慌てて館内に向かって走っている。 「雷が…」 「怖い?」 「まさか。割と好きだよ。小さい時から」 雷鳴が止み、雨が少し落ち着いた頃、もうすることもないし、間もなくバスの時間なので、帰ることにする。 帰りのバスに乗車中、また雷が鳴った。 「昔、雷が鳴ると、雷様におへそを取られるよ、って、母さんがよく言ってた」 バスの窓から外を見ながら、真田が話し出す。 「うん」 「あれって、雷が鳴って雨が降って気温が下がったら、へそを隠すことでお腹を冷やさないようにするため、とか、へそを隠すと前屈みで低い姿勢になって、雷に打たれにくいようにするため、とか、そういう意味があるんだってな。他にも謂れがあるみたいだけど、昔は、ただただ不思議で、謎だった。母さんは、俺が怖がると思ってたみたいだけど、怖いより、なんで? って感じで。どうやってへそを取るのか。取ったへそをどうするのか。へそを取られたらどうなるのか。疑問だらけだったよ。気になり過ぎて、取りに来たらいいのに、って思った。雷が鳴ったとき、『雷様、俺のへそ、あげてもいいよ』って心の中で思ったことがある。あげるとき、あんまり痛くなければいいな、とか。当たり前だけど取りに来なくて、ちょっとがっかりしたりして。 …しょうもない話だろ。ふと思い出したって、人に話すほどのことじゃない。だって、どうでもいいだろ、こんなの。でも、話したくなったんだ、今、初めて。ほんとはずっと前から、誰かに話したかったのかもしれない」 「まだある? しょうもない、どうでもいい話。俺は、もっと聞きたい」 「うん、また今度。いつか英士もして、しょうもない、どうでもいい話を」 しょうもなくて、どうでもよくて、尊く、大切な話だ。君に話したい。君の話を聞きたい。 バスを降りると、いつの間にか雨は止み、雲間から少し日が差していた。 このまま帰るのは惜しいような気がして、コンビニの側の公園へ向かう。地面には、桜の花がいっぱい張り付いていた。スニーカーに花びらがくっつく。桜の木は、緑の葉っぱがちらほら見えてきている。桜が終われば、葉桜の時期だ。 何も言葉はなかった。でも全く気詰まりじゃなかった。相手もこの沈黙を苦にしてないことが分かった。相手の気持ちが分からないどころか、自分の気持ちすら分からないことがあるのに、どうしてこういう瞬間が訪れるのだろう。気持ちが重なっているように感じられる瞬間が。そんなのただの妄想。幻。希望…。 あ、このタイミングだ、と郭は思った。今なら言える、と。言える? 何を? そんなのはもう、明らかだ。でも…。 そしたら、真田が、 「俺、好きなんだ、英士のこと。多分、コンビニで初めて会ったときから。でも、だからって、どうしたいとか、どうしてほしいとかじゃなく、ただ、このまま好きでいさせてほしい、好きでいたい。って、こんなこと言われても、困るだろうけど。だから、言わないほうがいい、言うべきじゃない、って思ってたんだけど、でも、やっぱり、言わずにはいられないような気になって…」 それから先はもう言葉が続かず、真田は黙る。しばらくの間があった。やっと、郭が口を開く。 「俺は、一馬を喜ばせたり楽しませる自信がない」 その言葉に、真田は、郭の困惑を感じ、覚悟をする。 「つまり、俺は、一馬を楽しませたい、喜ばせたいという気持ちがある。一馬に笑顔でいてほしいし、幸せな毎日を送ってほしい。そう思ってるんだけど、どうすればいいのか分からない。つまり、好きなんだよ。好きなんだけど、どうしたらいいのか分からない、ってことなんだ」 全く、ほんとに、スマートじゃない。かっこ悪い。不本意過ぎる。好きだ、ただその一言で済むのに。 真田は思わず、しゃがみ込んでしまう。郭は結局何を言おうとしてるんだろうと不安になりながら聞いていたんだけど、「好きなんだ」で、全て飛んだ。 空が急にまた暗くなり、雨がぽつぽつ降ってきた。すぐに雨脚は強くなる。郭は、折り畳み傘を差し、真田の方に傾けて、自分もしゃがんだ。 「なんか、泣きそうなんだけど…」 少し掠れた声で真田が言った。 「…そう…」 「ほんとに?」 (何が?) 「ほんとだよ」 「もう一度言ってほしい」 (何を?) 「…好きです…」 「…………」 長い間の後、真田はただ、 「はい」 と。 (俺にだけ再度言わせるのか。いいけど) 春の雨が、傘からはみ出た郭の肩を、背中を、びっしょり濡らしていた。
おしまい。 24回まで、お付き合いありがとうございました!
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