愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年03月15日(日) コンビニネタ8

 重い気持ちでバイトから帰った真田を、母は笑顔で迎える。
「どうだった?」
「まあまあ大変だったよ…」
「でしょうね」
 夕飯は、真田の好物ばかりだった。父親はいつも帰りが遅いので、後から食べます。母はバイトのことを深くは聞かず、それが救いだった。「無理して続けることないのよ」なんて、今言われたら、もっと落ち込んでしまう。
 さてさて、初日はどうなることかと思いましたが、なんやかんやで、徐々に真田は慣れます。慣れる経緯ネタなんかも色々考えてたんだけど、そういうのをいちいちやってたら、なかなか話が進まないので、そのへんは省くことにしたよ。最初、真田は、ベテランのBさんのことが怖かった。すごくテキパキしてて、何でも教えてくれるが、一度教えたことが次に出来ないと、きつく注意される。自分に厳しく、率先して動くが、他人にも多くを求める。オーナーに信頼されているのも頷けるし、立派だけど、こういう人は苦手だ…と真田は思っていた。一方、Cさんは、のんびり屋で優しい。真田が同じ失敗をしても、「大丈夫大丈夫」と言う。真田が、Bさんに度々注意されて落ち込んでると、後でそっと、「Bさんは、言い方はきついときもあるけど、いい人だから。慣れるまでしんどいだろうけど、頑張って」と励ましてくれる。だけど、働いているうちに、二人に対する考えが少しずつ変化してきた。Bさんは、Cさんの言う通り、仕事に対しては厳しいけど、いい人だ。真田が自分から動けば、必ず褒めてくれる。真田の頑張りを、ちゃんと見つけて、認めてくれる。いつも誰よりたくさん動いて、全体を見渡して、先々のことを考えて仕事をしているBさんを、真田は心から尊敬した。Cさんは、優しくて穏やかなんだけど、自分からはあまり動かない人だった。面倒なことやしんどいことは、なるべくしないで済むようにしているように見えた。もし一日二日でやめていたら、「Bさんは仕事は出来るけどきつい人。Cさんは優しい人」という印象のままだっただろう。すぐにはやめなくてよかった、と真田は思っていた。仕事自体も、最初は何が何だかさっぱりだったが、レジにも慣れたし、掃除も品出しも、さっさと出来るようになってきた。まだまだ分からないことや不慣れなことはいっぱいあるけど、最初の方とは全然違う。出来なかったこと、出来ないと思っていたことが出来るようになってくるって、すごく嬉しいことなんだ、と感じていた。大体一ヶ月くらいで慣れてきたようだよ。慣れてきたなって感じていたら、Bさんに「いい子が入ってよかったわ」と言われ、じーんとした。
 そんなある日のこと。なんとなく不安そうな様子で、六十代くらいの女性が店に入って来る。レジにいた真田と目が合うと、救いを求める顔になった。何かと身構えたら、道を聞かれたんです。F病院まではどうやって行ったらいいでしょう、と。道を聞かれることはたまにあり、分かる場所なら説明するし、分からなければ、BさんやCさん等一緒に入ってる人の手が空いていたら助け船を出してくれる場合もあるし、お客さんが「分かんないならいいや」となることもある。その女性は、分かんないならいいや、とはならなさげだった。真田は、F病院の場所はなんとなく分かるが、なんとなくでしかなく、曖昧な説明しか出来ない。隣のレジで、Cさんは接客に追われており、すぐには頼れそうになく、Bさんは、ウォークイン冷蔵庫で飲料を補充中だ。困惑しつつ分かる範囲で説明するも、女性の客は不安げな表情になり、「どの道をどう行けば…」と言う。
「F病院なら、この前の道を右に出て、最初の信号を右です。それから…、車ですか?」
 別の客が、女性に話しかけた。その客は、学生服姿で、真田と同じ年頃に見える。女性は、少しびっくりし、その後、その客に、すがるような目を向けた。「いいえ、私、歩きなんです」「歩くなら、20分以上はかかると思いますが」「ええ、ええ、それはいいんです、でも行き方が分からなくて」
 助かった、と真田は思った。すみません、と二人の客に対して言おうとしたときに、
「あのー、タバコ」
 さも不満げに、いつの間にかレジ前に立っていた別の客に声をかけられた。隣のレジには相変わらず何人か並んでいる。早くこっちでも対応しろということだ。Cさんが、ちらりとこちらを見て、レジやって、と目で訴えている。道を聞いてきた女性と、教えている学生は、レジから離れ、入り口付近に移動していた。学生は、鞄を開け、筆記用具を出している。何かと思えば、地図を描いているようだ。その様子を気にしつつ、言われたタバコを取りに行ったら、取り間違えてしまい、客は決定的に不機嫌になった。お待たせして申し訳ありませんでした、と、冷や汗をかきながら謝る。タバコ一個でこんな待たされた上に間違えられて冗談じゃねえ、という思いが痛いくらいに伝わってくる。ぴったりのお金を投げるように寄越して、舌打ちしてから客は出て行った。その後も、何人か客が並んでいたので対応し、そうこうしているうちに、道を聞いてきた女性も、教えていた学生もいなくなっていた。
「大丈夫だった?」
 と、聞いてきたCさんに、道を聞かれて説明できなくて困ってたら別のお客さんが教えてくれた、と伝える。
「そうみたいね。よかったね」
「地図描いてあげてました」
「地図ならあるんだけど」
「えっ、そうなんですか」
「でも、お客さんが多いときは、地図出して広げて、自分もよく分からない場所を一緒に探して、なんて暇ないよね。まあ、よかったじゃない。説明してくれる人がいて」
 でも、すみません、も、ありがとう、も言えなかった。制服からすると、この辺の高校なら、D高だ。別の地域の学生かもしれないし、D高生とは限らないけど、賢そうだったな。夏休みなのに制服ってことは、登校日だったんだろうか。
(迷いなく地図を書いていたな)
 その日、帰宅してから、真田はF病院の場所を調べ、地図を描いてみる。これで、次に聞かれたら答えられる。
 F病院に行きたい女性は、地獄で仏に会ったような顔で、学生を見ていた。自分も、その女性のように、もしかしたらその女性以上に、助かった、と感じていた。
 奇しくも、この日は真田の誕生日です。誕生日にバイトかよ。特に予定なければ関係ないよね! むしろ予定ないならバイトでもしてた方が。母親に、何もないなら一緒に買い物や外食にでも行こうか、と誘われましたが、シフトが入ってて変えられない、と断ったよ。
 ちなみに、真田と若菜はE高校に通っています。D高校に比べたらかなりランクが落ちますが、勉強できなくても行けるという高校ではない。まあ普通くらいのとこです。真田は、E高よりはもうちょいいいとこ行ける学力があったんだけど、間違いなく受かる自信のあるE高にした。さらにちなみに、真田父はD高出。
 まあ、それはともかく。
 もしも、次に会えたら、謝って、お礼を言おう、
 と思う真田なのでした。


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