日記

2004年05月08日(土) 【夢かマボロシ 2】

つづきです。
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同居して、はじめての日曜日。
よく晴れた日で、二人ともヒマで、ちょっと遠出、と言って、私の車(私は軽自動車を持っている)でふたりで海に行った。
風と波音。
光る砂浜。白い波。海の色はそう綺麗でもないけど、青い。
季節は春先、うす青の高い空と、白い雲。
ちょっと寒いね、と笑顔で、ホットの缶コーヒーを買って飲んだ。
「ショウ、仕事は?」
「んー、今職探し中―」
「あ、じゃあ、私が出かけてる間は職探ししてんの?」
「ま、そんなとこ」
「ふうん」
私は、最初からちょっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
「・・・ね、なんで私のこと覚えてたの?」
「だから言ったじゃん。オレさつきのこと好きだったからってー」
軽い口調でそう返してきて、またか、と思って私は肩をすくめる。
「あーハイハイ」
「なんで信じないかな・・・」
「どうしてそういう軽口を信じられるかなあ?」
そう言う私に、ショウは。かすかに笑ってみせる。
(笑った顔が。)
そんなの気のせいだって、きっと誰もが言うだろう。
でも、笑った顔が、光に透けてしまうような気がした。
空気に溶けちゃうみたいな。
いっつもそんな気がしてたって言っても、ウソじゃないと思う。
出会った最初から。そんな錯覚。
「・・・ショウ?」
風。春先の、まだ冷たい風が吹く。風に乗って潮の匂い。ただ気持ちいいはずなのに、なんだか切ない気持ちになる。・・・なんで?
私は。思わずショウの手をつかんだ。なんだか必死だった。自分でもよくわからない感情の波に支配されていた。
・・・冷たい手。
そして沈黙。
ぱりんと、一瞬で割れて壊れてしまいそうな、沈黙。
「・・・なに?」
彼はかすかに笑って聞いた。
私はとたんに恥ずかしくなり、「なんでもない」と、言う。
でも、つかんだその手はそのままで。
「・・・ショウ。手が、つめたいね」
私の声に、ショウは、ふふ、と笑った。
「そりゃあ、心が温かいからね」
「あっそう」その台詞に、くっくと笑う私、一瞬彼から目を離したら。
彼は低い声で、こう言った。
「オレの、ショウって名前の漢字、どう書くか知ってる?」
「知らない・・・ごめん、覚えてナイ」
「青、って書いてショウって読むんだよね。海の青とか、空の青とか。くっさい名前だろー? 絶対一発で読めるやついねーし。ガキの頃は結構イヤだったんだよね」
「えーそうだったっけ? くやしい、覚えてない!」
「なんでくやしいの」
「え、なんとなく。
でもいいじゃん。私なんて単に5月生まれだからさつきなんだよ? しかもひらがな!
単純すぎてイヤになるよ」
「それがイイんじゃん」
「そうかあ?」
「そうだよ! ああ〜、でも」
ふいに、言葉を切って。
「でも?」
聞き返す私に、ふと、また光にすけるような笑い方をして、ショウはこう言った。
「海とかさ、空とかさ。見たらオレのこと思い出してよ。
さつきがオレのこと思い出すんだったら、まあ結構イイかも。この名前も」
「なにそれ。どうせ毎日会ってんじゃん」
思い出すも何も。と私は言った。
そりゃそうだ。とショウが笑った。
でも。
どうしてそのことが、その場面が、こんなにも私の心に焼きついただろうか?


そして。
幕切れはあっけなくやって来た。
どんどん、ショウが空気にすけてしまうような、そんな感じが私の中で強くなって行く。
すると私は不安でたまらなくなる。
たった1週間くらいしかいっしょにいない。
人間が空気にとけて消えるなんてありえない。
ありえないはずなのに?
どうしてこんなに不安になるのか。
自分で自分がわからなくて余計にあせるような気持ちになる。
そしてその朝。
「行ってきます」と私は言った。
「行ってらっしゃーい。また夜に会おうぜー」
いつもの軽い口調でショウはたしかにそう言った。
でも、帰ったときには私の部屋は、まっくらなまま。誰もいなくて。
そのまま2日、ショウは帰ってこなかった。


3日目。その日は勤め先の関連会社に一日出張で行くことになり、普段は電車で通勤しているのだが、その日だけは車で、家を出た。
夜になって、まだ4月だっていうのに変に暑い日で、車の窓をいっぱいに開けて家路についた。
いつもとあんまり変わらない帰宅時間になり、夜9時頃。
アパートの隣の敷地にある駐車場に車を入れたところで。
ドアを開けようと、ふと車の右側を見て、おどろいた。
運転席の横、車のドア隔てた向こうに、ショウが立っていたからだ。
「・・・ショウ」
「・・・よ」
元気ない。
一目でそう思った。
でも、不安な心とは裏腹に、私はどこかで、やっぱり。と思っている。
かすかに笑ったその顔は。
いつも感じる、すけちゃう感じ。それが一層つよくなった感じがした。
私は怖くなった。
今にも消えちゃうんじゃないかって。
怖くて。
「ねえ。」
私は開いた窓から、車の外には出ないまま、もう車から出る時間も惜しい、って気持ちで、ショウの手をつかんでいた。
「なに」
車の外。
暑いのに、なぜか黒いコート姿で。私のことを見下ろして。
(冷たい手。)
「・・・手。つめたいね・・・」
前にも言った、同じ台詞を私の唇はつむぎだす。
それを聞いてショウは、ふと、口の端でやさしく笑った。
「・・・なに?」
「どこ行ってたの?」
そう言った私の声は、泣きそうに頼りないものだっただろうか。
変に冷たい調子で、ショウは言葉を返す。
「・・・べつに。ちょっと買い物」
「なんで・・・」
かえってこなかったの。なんて。口がさけても言えないと思って、つづきを言うのをやめる。
ショウはふと、からかうように笑ってみせて。
まるで私が不安なのを追い払うみたいに、なんて思ったのは、自分に都合のいい私の考え?
でもそれだけで私は泣きそうになっている。
ショウの手を、つかんだ手の平、はなすことも出来ないでいる。
「なんで、何だよ?」
でもその私のプライドは。
口が裂けても言えない、なんて、一体なんのためのプライドだろうか?
(・・・終わりが)
私は心の声を理解しない。
終わりってなんだ。
今日のショウを見てると浮かぶ。カウントダウンのイメージ。
そんなの、絶対信じない。
そんなことを強く強く考えながら、私は言った。
「わたし。
好きだよ。・・・ショウのことが。大好きだよ?」
言葉。まだ、一度も言ったことがなかったその言葉。
それを言ったら。
一瞬、泣きそうに、ショウのその目がうるんで見えたのは、私の気のせい?
それは気のせいだっただろうか?

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