MOTOYANの日々題
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| 2002年07月02日(火) |
靴に見られる個性の主張 |
期末考査の試験監督中に机間巡視をしながら、生徒の足元の靴に注目した。ほとんどの生徒がスニーカーを履いている。(うちは、土足のままで教室に入るので上履きはない)黒を標準にしているが、いろんな種類・色のものを履いている。
1クラス、36人で同じ靴は、全くなかった。メーカーは、ナイキ・アディダス・ニューバランスの順で多く、7割を占めているのだが、同じ型番で同じ色はなかった。メーカーのカタログを見ると多くの種類があるが、1クラス全員が異なる靴を履かすほどの種類はない。それでも同じ靴がないというのは、生徒が買うときに「意識」しているからだろう。「○○くんのは、これだ」「○○さんのは、これだ」と思案しながら靴選びをしているに違いない。
他人と同じ物を使うことの恥ずかしさや照れくささ、他人と自分のアイディンティティの違い、これこそ個性の主張だろう。あこがれの人物と同じ物を身につける同一化は起こっていない。一部の学校での指定靴、指定カバンでは、起こりえない現象である。
利点は、靴の履き間違いがないということだ。それでも、年に数件の履き間違いがおこる。これらは、ほとんど黒の革靴の場合だ。先に履いていった方が気づかずに後の者が、気づくから間違いがわかる。どちらも気づかないでいつのまにか、取り違えてしまっているケースもあるかもしれない。
多くの人が集まる座敷宴会などには、黒のありきたりの革靴ではなく、スニーカーを履いていくのが賢明だ。さっそく人が履いていないスニーカーを探しに行ってみよう。
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