弱Sonファイブ
イージー☆ライダーのラストを見て 泣きそうになった。 いや、泣きそうという種類にも いろいろあって、 例えば 「鉄道員」という映画を見て 胸にこみ上げてくる せつなさを抑えられなくて 泣くという感情につながる行為は わりと気持ちいい気がする。 でも イージー☆ライダーのラストでは、 イカちいバイクに乗る 主人公格の男が 通りすがりの男に ショットガンで撃たれて死ぬわけだ。 そして自分は その映像の示すとおり、 何かに撃たれて その衝撃で涙が出てくる という感じだった。 ラストの少し前、 主人公格の男ふたりが 野宿しながら話し合う。 ひとりは言う。 ヤクを売って 一生遊んで暮らせる金を手にした。 ついにおれは 本当の自由を手に入れた、と。 もうひとりは言う。 それはちがう、と。 さらにその少し前、 主人公格ふたりと ふたりにくっついてきた男が 野宿していると、 3人は突然 暴漢たちに襲われる。 その結果、 くっついてきた男が殴死してしまうのだが、 そのときひとりが言う。 なんで何もしてないのに こんなことされないといけない、と。 もうひとりが言う。 みんな怖れているからさ、 お前を怖れているわけじゃない、 お前の背後に見え隠れする 自由というものが怖いのさ、と。 ... 例えば遊んで暮らせる環境がある。 それは親が金持ちで 働く必要がない、とか 宝くじで50億当てた、とか すごい発明をした、とか 出版した本が ミリオンセラーになった、 とかかもしれない。 ... もしあなたがそんな環境を 手に入れたとするなら、 好きな髪の色で 好きな服装で 好きなアクセサリーを身にまとい、 好きな場所に好きな家を建て、 好きな車に乗って 誰の言いなりにもならずに 好き放題を繰り返す。 それでもあなたは 何の負い目も感じずに 生きられるだろうか? 恋人とパジャマ姿でベッドに横たわり、 みんなもさ、 こうやって好きな人と 一週間ベッドにいれば 戦争なんかなくなるよー とか言いながら 何の疑いも持たずに 全世界を回ったりできるだろうか? ... 実際にそれをやった ジョンレノンは どのような最期を 遂げたのだろうか? ... 金の支配から逃れるということは 本当に何もかもから 逃れることになるのだろうか? ... そもそも 何もかもから逃れることって 自由なのか? もしかして自分は何か たいへんな思いちがいを しているだけではないだろうか。 そして自分は ショットガンの引き金を 決して引かないと 無心に誓えるのだろうか。 |