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■■ エターナス・デア番外(ネタ)
ジリジリと虫が鳴く。 ページを繰るかそけき音が、増えたり減ったり。河の流れに似て非なる響きだ。 随所から時折ひそやかにこぼれるため息。それを上回るささやき声。群れを成せば騒音となり、厳しくもわざとらしい咳払いに払われる。 束の間の静寂に、外から滲み込んでくる虫の叫びだけが姦しい。 再び、ページを繰る音。 変わらず循環する環境に、聴覚から意識を遠ざけた。 希薄になった分を補うように、嗅覚が外界をとらえる。 まず感じるのは古い紙と本の匂い。 水拭きしてさほど間がない机や埃っぽく乾燥した書架の木も、独特の匂いを放っている。 広い部屋を満たすそれらに包まれて、汗を滲ませる多くの人間。 かすかな冷茶と菓子の匂いは、誰かがこっそり持ち込んだものだろう。この図書館は、書庫から閲覧室、司書室に至るまで全室が飲食禁止になっている。 触発されて、喉の渇きに気が付いた。 いまさら本来集中すべき視覚に意識を持っていっても、体の欲求は収まる気配を見せない。 二三度瞬きをして抵抗の気概を見せたが、同時に、こうまで喉が渇いていては進むものも進まないとも考える。 決断は素早く、行動は迷わず。 フィエルドは読みさしの古書に栞を挟み、古い机の上に広げたノートを閉じて立ち上がった。 並べられた机とそこに齧りつく人の間をすり抜け、一直線に目指すのは、隣接する食堂兼休憩室。内側から流れ出る清涼な風に目を細め、開け放された出入り口を潜ると、目の前に知人の顔があった。 「おお、ルーも英気を養いに来たか。そりゃそーだよなーあっち暑いもんなー。すぐ隣なんだから本くらい貸し出してくれりゃいいのによ。まあこっち来て座んなさい。おにィさんが茶でも奢って進ぜよう」 休みなく舌を動かしながら向かいの席を示した五つ年上の男を、フィエルドは呆れた目で見下ろす。怜悧といっていい造作に知的な雰囲気、それらを大きく裏切る能天気な中身をもつこの知人は、一時間も前に図書館から逃亡していた。 「ずいぶんと長い休憩だね」 「ばッか、この冷涼かつ爽快な冷房の恩恵を受けた後で、あんな暑苦しいむさ苦しい埃臭いとこに戻れると思うか!? 答えは否!」 ひどく大仰な仕草で訴えた男にまばらな視線が向けられるが、活気付く室内からすれば、その数はさほど多くはない。慣れているのだ――フィエルドも含めて。 「どうでもいいけど、戻らないと課題は片付かないんじゃないかな」 好奇やら非難やらといった視線を気にせず席に着けば、男は打って変わって落ち着いた手つきで、持参のポットから茶を淹れる。酒盃でするように掲げて見せ、無頼を気取ってかニヤリと笑った。 「案ずるな。ここに一杯の冷茶がある。そして一人の僚友が座っている」 芝居めいたせりふとともに、とん、と音を立ててフィエルドの前に置く。が、こういうことはそれなりの器があって格好がつくのであって、重度の再利用に息も絶え絶えといった体の古いコップでは間抜けなだけだ。 中で揺れる香り良い茶には心引かれたが、フィエルドはコップには触れず、机上で両手の指を組んだ。 「課題の代筆は、頼んだ方も書いた方も厳重処罰。僕に共倒れする気はないよ」 冷ややかに聞こえるほどのそっけない拒絶に、落胆するどころか、男はむしろ身を乗り出す。 「勿論だとも!」 力強く同意さえし、ぐっと拳を握りこんで、一説ぶつような様相。フィエルドの眉間にしわが寄り、上体が反って男から遠ざかる。 「須らく、露見なければ断罪はないのだ。そこで拙は愚考に愚考を重ね、終に燦然たる名案に行き着いた!」 言い回しは過修飾のだのなんだのと、大仰すぎるし間違っていて、すでに訳がわからない。いまや拳を振り上げて酔っているとしか思えない高揚ぶりを見せる男に、フィエルドの顔はものすごく厭そうに歪んでいる。 「俺様はただ、不快の極みとも言うべき場所で調査するのが嫌なんであって、資料の内容さえわかれば、小論文くらい作成するもやぶさかではない。自分で書けば代筆には該当しない。というわけでメモ書きしたノートとか出しなさい。それ見てここで論文書けば問題は無しだ」 「却下」 なぜか急激に普通に戻った口調で要求されて、即座に切り捨てた。 「自力で調べない時点で課題の趣旨から外れてるし、ばれないわけがない。それに、僕には危険を冒す必要がないし、面倒くさい」 口を開く間を与えないように、理由を列挙する。 「最後のが本音だな、ルー」 「全部、ほんっとうに心から思ってるよ」 机を挟んでにらみ合うこと、十数秒。先に諦めたのは、生来飽きっぽく堪え性のない男だ。 「……まあ、飲め。おまえのノートは諦めてやるから」 フィエルドはにこりと笑顔を浮かべてみせてから冷茶をいただき、香気とささやかな勝利の余韻を楽しんだ。その真向かいで、男がテーブルに両肘をついて不貞腐れる。 「そもそもな、いまさら何が運命の女神かと思わないかねフィエルド君。大陸の創造主、すべての生命の祖にして魔術の源流リアン・アス・フィエタの神話なんか、生まれたときから聞いてるんだぞ」 「俗説とかおとぎ話と、魔術史学の中での扱いはだいぶ違うよ。――まあ、定説は入試のときに詰め込んだけど」 「そう、そうだろ!? やっとの思いで入学した学院で夏期休暇の調査課題になるんなら、俺たちは何のためにあのクソ眠い女神礼賛を延々丸暗記したんだ! 二度手間じゃないかっ」 天を仰ぐ仕草はともかく、言っている内容は心情的にわからないこともない。 百人に一人しか通らないといわれる難関試験をくぐり抜け、ようやく入った学院だ。いくら基本が重要だといっても、受験勉強で暗記し入学直後からの講義で学び直した魔術の起源について、夏休みにまで調査させるというのは、少々しつこい。 しかも、俗に言う『運命の女神』始祖神リアン・アス・フィエタは宗教にも深く関わっているため、学説は定められた大筋を頑なに守り続けている。根本的に変わりばえのしない説が、さまざまな趣向を凝らして難解に、もっともらしく記されている古書は、記述の手法を学ぶ目的でもなければ、何冊も続けて読みたいものではなかった。 まあ、魔術士にとって何より重要な精神力、つまるところの集中力と忍耐力を鍛える目的としては、十分な課題なのだろうが。 「どうせ運命のというんなら、激しく燃え上がる恋の炎に身を焦がすような美女だとかさー。そう、馴れ初めから悲劇の別れまでを抒情的に――」 フィエルドがつらつらと考えている間に、男はまたもや変な方向へ思考を飛ばしてしまったらしい。唐突に、劇的な出会いの状況だの恋が育っていく過程だの、なんのおとぎ話だというような起伏に富んだあらすじを、垂れ流すようにつぶやき始める。 もはや課題のかの字もないが、意外に筋がしっかりしていて面白いそれを、勝手にお代わりした冷茶を飲みながら聞く。こうなるのは毎度のことだが、フィエルドはその度に、なんで魔術士になろうと思ったんだろうと疑問を抱いてしまう。 どう考えても魔術士より詩人向きだの魔術士候補生は、美女の表現についてぐるぐると言葉の渦を巻いていたが、また唐突にフィエルドに話題を振った。 「そういえば、ルーの師匠は美女だったって?」 意外なところを突かれて、むせる。 「……なにそのどうしようもない言い方。魔術の師匠に美女とか関係ないよね」 「今は大いに関係あるぞ。むしろそこしか必要ない。さあルー、語るのだ師匠がどんな美女だったかを。そして俺様の最高傑作に貢献するのだ!」 「しーまーせーん! 自分で誰か思い出せばいいじゃないか」 「思い出す相手がいないから聞いているに決まってるだろうがっ」
---- 以上、夏休みにかこつけて更新したかったエタ番外のできてる分。本編キャラがフィエルド以外出てこない微妙な設定のうえ、本題になかなか入れません。実は去年からあっためてるんですが、このままだとお蔵のなりそうなので一旦公開。
2005年09月10日(土)
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