私季彩々
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2004年09月12日(日) 東京旅帰

 思いのほか充実した会議は早めに終わり、日帰り東京出張は残すところあと3時間。浜松町まで10分の場所。適当に交差点を曲がってみた。

 川には舟が並び、水は防波堤の海を見るように緑だった。道には小さな店が建ち並び、暑い。東京タワーが近い。
 小さな丘が多いのか、アップダウンが多い。丘の緑に惹かれて曲がってみた。そこには奇妙にどでかい建物は、霊友会。わぁ、インナートリップ。わぁわぁ、と心で叫ながら隣りの坂道を登る。そういえばタモリ倶楽部で東京坂道倶楽部みたいなのをやってたっけ。「〜坂」という階段はいかにも情緒がある。坂の途中にもインナートリップの看板を出す家が多く、登りきると一方通行で、車の立ち入らない路地が情緒的だった。金持ちそうなベンツがせせこましい路地沿いに泊めてあり、家は豪華ながら開放感はあるわけも無い。そんな東京の雑多さに、集合住宅の生粋の雑多さが重なる。洗濯物と自転車と三輪車が愛しい。私がもし大学を東京にしていたら、こんなところから通ったのだろう。
 テレビ東京が近くに見えたのだが見失い、東京タワーを目指すと、大きな鳥居に出くわした。増上寺の門前らしい。外国人の姿がごく普通に見える。さすが東京だ。で、増上寺って何だ。徳川家の菩提寺らしい。
 フリーマーケット撤収の中、寺の中は閑散としていた。椅子の上で寝ている人もいた。寺の横には小さな地蔵が並び、風車がカラカラ回っている。カララ。赤やピンクが何となく目立つ中、背景の緑が暗く深い。そこ近くに絵馬がさらに深かった。妙に明るい語り口で水子をいとおしむ言葉が描かれている。明るさは若さだけなのか、そう感じてしまう私が浅いのか。みな、水子なのだ。後ろで若い女の子が泣いていた。外国の方が興味深げに覗きこんでいた。
 墓の間を抜けて、東京タワーを目指した。小高い丘に建つタワーは、当然ながら札幌のテレビ塔の比ではなかったが、何より感動したのは基部のアーチだった。その根元を眺め、あっさり坂を下った。その後も東京の街を降り曲がりながら上り下り、多分お高いマンション群を抜け、愛想の無い猫の手前で止まり、「山と渓谷社」の本社がある都会の小さなビルを愛しみ、浜松町駅についた。私の東京滞在の中で、明らかに最も濃密な2時間であった。誰とも話していないけれど。

 帰りの飛行機は19:20発。ひたすら窓に額をつけながら外を眺めていた。サービスはスープ。これが聞き返さずに言えるようになった。進歩である。
 機内誌を紐解き、行路を適当に予想。道路を表す明りを勝手に選び、車だったら個々を通るだろうと辺りをつけて北上。けっこう飛行機からでも追えるもので、気がつけば海岸線まで追えた。この光の密集地は仙台だ、いや、三沢だ、青森だ、と辺りをつけたが明らかにはずれ、悩んでいるうちに苫小牧になっていた。千歳空港近郊も悩んだが、全て外れて着陸となった。イカロスの翼は私には無いようだ。

 思えば空港をどれくらい利用しただろう。たかだか一桁だが、二桁に近いかも。それなりに思い出もある。乗っているときは窓側の座席になればひたすら外を眺めていた。迎えに来た時は、笑顔を迎え、別れを傷んだ。私にとって、駅よりも思い場所かも知れない。

 旅と言うにはあまりに小さい日帰りの出張だが、環つぁいには充実下旅であったようだ。海岸線を彩った線の光。錆びた看板と苔の残る石坂。
 ありがとう。またふらり、ついでに寄らせていただきますね。 Home&Photo


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