私季彩々
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犬という生き物にはさほど興味がなかった。犬派猫派と問われれば、猫派と答えた。実際猫はこれまで2匹飼っている。 どちらかというと、冷めた人間像に憧れた時期が長かったためか、猫的なものに惹かれていた。だからといって犬が嫌いなわけではなかったのだが。
それが、何故だか犬づいている。シェパードとか、ラブラドールとか、可愛い雑種達とか。それに伴って、アジリティ−(障害物競走)、家庭犬服従訓練(いわゆる「しつけ」)とか、それを大まじめにやっている超一流の人々やハイアマチュアを見る機会に恵まれ、見る視点も変わってきた。可愛いだけや、産業としてだけ見るよりも、ずっと奥が深いのである。 尻尾を振っていれば喜んでいる、というのは確からしいが、彼らは結構疲れやすい。生態から考えれば当然なのだが、持久派というよりはスプリンターだ。おまけに移り気だ。集中力はそうは持たない。サービス精神は大性だから、疲れが溜まっても気がつきにくい。ついでに忘れっぽい。 これら性質をわきまえると、犬との付き合い方はかなりドライになる。メリハリが付く。集中力を高めた犬達の動きは素晴らしく、それを指示する訓練士もまた機を捕まえる鋭さを磨いている。
もののみちには様々な一流があって、それはそれで美しいものだ。一方で、それらは純粋すぎて何かを捨てているようにも思える。聞いた訓練士の話では、彼らは犬を一つ二つと数えることも多いとのこと。バリケン(犬の持ち運び可能なケージ)から出すのは1日15分と訓練の時間のみ。もちろん訓練=遊びなのだが、犬と一緒に暮らしを愉しみたいという層とはまた別次元の話だ。その接点がさらに広がっていけば、欧米並みの犬社会がやってくるのだろう。
社会性を持った動物は数多いが、人の暮らしにこれほど入り込んだ動物はないだろう。そういった動物である犬を、大きな1BOX車に何匹もつれてやってくる人々。アマチュアは愉しみつつ厳しく、プロは際限なく先鋭で厳しく。
先日、半年齢というラブラドールと関わった。室内犬だったが、市役所に持ち込まれたそうだ。血統書もある元気な人懐っこい犬。
なにはともあれ、犬は人に関わってこそ幸せである。そういう歴史をもった我々の友である。そういう世界を見る機会を得たことに、単純に感謝している。 そうして、部屋で猫と戯れるのは格段に幸せである。
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