私季彩々
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| 2003年03月17日(月) |
雪河原戯れし犬の跡染めて夕は彼岸を渡り落ち行く |
外は急ピッチで雪融けが進んでいる。道路沿いの雪山はまだ高いが、交差点四隅には濁った水が溢れ、わずかに開いた排水溝の穴に勢いよく吸い込まれていく。道路南側の歩道は光が差し込みにくいため、まだまだ厚い氷が張っているが、10センチを越える氷をスコップで割れるようになってきたらしく、割っているおじさんも楽しげに見える。段差が大きくなって歩きにくいのだが、それもこの季節の街の景色だろう。
季節を通じて、豊平川の河川敷を眺めて歩いた。最も整備された区間であろうこの区域には、サイクリングコースや自動車教習所があったり、釣りに格好のちょっとした落差があったりで賑やかなところだった。大きな犬を散歩させてみたり、バーベキューをしてみたり、ヨサコイソーラン祭りの練習をしてみたり、街中の公園よりも河川敷というのは自由度が高い気がした。洪水になれば沈んでしまうのだから、それを承知でやれば多少のことはゆるされるという感じかもしれない。ただで駐車できるのにがらがらで、札幌市内ではかなりの穴場だと思う。市民は大いに利用すべき空間だ。 まだ寒い芝生の上で、地熱を頼りに寝転がったりした。川の流れをおかずに、おにぎりを食べた。釣りに興じるおじさん連中と話をした。夜のサイクリングロードをひた走ったこともあった。どこかしらに誰かいて無関心を装う夜、人懐っこい昼。冬は一面のパノラマの中に、犬の遊び跡が点と線で表現される。飼主は大抵堤防上でその様子を眺めていた。呼ぶと名残惜しそうに登って帰ってくる。小さな犬ほどきかん気だ。
思い起こせば、通年を歩いた場所というのは貴重なことに気付く。私の場合、歩くことが重要のようで、学び舎や職場から眺めた風景というのは、ほとんど記憶に残っていない。しがらみが多くて思い出したくないだけかとも思うけれど。 多分、この眺めをこのように見ることももう僅かだろう。この視点は私だけのもの。
春分の日はもうすぐだが、札幌では今日明日が昼と夜の長さが合うらしい。去年の今ごろは黄砂が吹き荒れたのだが、今年はどうだろうか。
雪河原戯れし犬の跡染めて夕は彼岸を渡り落ち行く
厚氷割りし人群る日陰道 春は自ら呼び寄すものぞ
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