私季彩々
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夜、草薙剛主演のドラマ「僕の生きる道」を何となく見たり。中学教師が何となく生きてきて突然余命一年を宣告される。何となく生きるってのを日常生活で描くとこうなるのかなと少し感心してみたり。草薙君って本当に普通に演じる。突然余命1年って言われてどうするだろう。なんか、私ならそのまま眠りについて考えない振りを決め込んでしまいそうな気がする。聞く前はドラマにもならないけれど、聞いたからってドラマになるかななんて思ってみたり。第一話はひたすら現実的だった。
その20分後、姉からFAX。父が脳梗塞で入院したとある。 脳梗塞。死に近い病名である。麻痺にも近い。滅多なことでは連絡もしない実家から、電話等が嫌な私に。こんな時間にくるとすれば良い知らせなわけもない。 FAXに書かれた”脳梗塞”の文字。”父さんが入院”の文字。私は冷静だった。そんな気がする。そんなこともあるだろう。文字でかかれた知らせは電報のようなのかもしれないが、受け手に人が介在していない分、なんか非現実的だ。
連絡がついて話を聞く。向こうの声は感情的ではない。良かった、死んでない。それは確かに嬉しかった。聞けば朝から何となくだるく、方半身が少し麻痺している感じがしたそうで、車で30分かけて病院に念のために行ったところ梗塞があることがわかったそうだ。徐々に症状が現れてよかった。一気に現れればそのままだっておかしくない。今は再発の可能性を考慮して入院しているそうだ。 脳梗塞というから多分血栓があるのだろう。その血栓が存在するとすれば次も考えられる。詳しい事情は明日聞かねばならない。実際聞いたところでどうしようもないのだが。 そう考えると、家族というのは無力な存在だが、人が老いて、時には若くしてしに直面した時に医療よりもまずその人のために何ができるか、何をしてきたかを思うだろう。誰が考えても尽くしたりないと思うだろうが、私の場合はひどすぎるなと、今FAXの文字を見ながら思う。死を意識しているだろう父の夜に私はままならない自らを思う。やはり自分のことを考えている。 正月の瀬戸内寂聴さんの対談で”お他力”のことを盛んに言っていた。自らのためではなく、他者に生かされている。だから自分も他者のために生きれば幸せになれる。そんな内容だと思ったが、自分の行き方に囚われ、他者との関係が構築できなかったら辛いなと思う。どっちにしてもたやすいことではない。
自らにちかづく死。身内に近づく死。それらは確実に近づいている。その報にじたばたしない私はいったい何なのだろうか。そう思いつつ夜は明けていく。そう、思っているほど私は冷静ではないはずだ。そう思いたい。
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