私季彩々
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札幌から地元までは車で2時間強と意外と近かった。路面状況も悪くはなく、国道をひた走る。夏ならば支笏湖を通る山中の国道を走るのだが。 札幌から北広島あたりまでは住宅街が連なる。そこを越えると比較的空いた空間が広がってきて恵庭・千歳と続く。途中恵庭の恵み野という新興住宅街を探索。専門学校や図書館が集積する小文京地区という感じだ。聞くところによると、都市以外の専門学校や大学はせいとあつめが大変な時代になってきているそうだ。このあたりから西は支笏湖を中心としたうっそうとした森林地帯が、東は大きく碁盤の目に区切られた田園地帯が美しい。農業ができるということは地味が豊かであるということでもある。 飛行機が舞う千歳を越えると殺風景となる。左手にウトナイ湖があり周囲は湿原地帯である。平原が続くが冬枯れの風通しの良い林の木々は細々とした感じがする。千歳・苫小牧から胆振のあたりは樽前山や他の火山群が活発で、少し掘ると火山灰がかなり堆積しているのがわかる。アイヌ語の地名からも”ヨシが生えるところ”などとあるように、平地に見えても泥炭地だったりして地味はよくない。そういえばこの地を離れるまで、酪農や馬産はあっても畑や田んぼという光景はほとんど縁がなかったことに気付く。気候的にも北海道の南にありながら夏涼しく農業向きではない。むしろ日本海側やオホーツク地方の方が農業が盛んだ。この当たりは苫小牧や室蘭を中心とした工業で成り立っていて人口もそこそこ多い地域だが、北海道の他の多くの地域とは成り立ちが随分違うかもしれない。そんなことを考えながら殺風景な道を越えて太平洋を眺める。路肩には意外と雪がある。この地方は道路までアイスバーンになることは滅多にない。
市街に入ると少し不思議な気分になる。私的には随分疎遠となった街だが、この道を歩いた期間は私の人生の中でもまだ大きな時間的占有率を誇っている。遠い記憶の中よりもずっとこじんまりした道。そんな道を私は10年以上歩いていた。 実家に着く。家は変わらず、大きな居間のサッシから明かりが漏れている。今来た道を振り返ってみる。数日後私はこの道をまた戻る。家族に見送られながら。着いた早々帰ることを考えて、少し涙ぐむ。街灯に照らされた雪は硬くしまり、風は目元に冷たい。今年も一つ不安を増やしてしまったが、それを隠して私は帰郷した。父の退職のときから8ヶ月がたっている。
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