私季彩々
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2002年12月08日(日) 靴紐な縁

 先週来た親が靴を買ってやるとうるさかった。買うつもりでいたところにそういわれると素直になれないもので、結局突っぱねた。去年もそう思いつつ、結局この靴で過ごしてしまって今年もである。はや何年前に買ったっけなと記憶を返すと、3年前となる。4年目突入だ。一冬を一足で過ごすとすれば、厳しい環境で半年履けばだいたいお役御免となる。がんばってくれているというべきであろう。北海道の冬は長いのだ。
 古めのスーパーなどに行くと、合鍵の店のとなりに靴やかばんの修理屋があったりする。いいものを長く使えばそういうところにもいくのだろうが、なにせ革製品とも思えない代物を修理に出すのも気恥ずかしい。はたして直るものなのだろうか。買ったほうが早いのは確かだろうが。
 バックグラウンド代わりにビデオを流していると、昔の「北の国から」で有名なシーンである靴の場面があった。母さんがなくなって上京した純と蛍が、1年間履いてよれよれになった靴を捨ててしまい、それを警官と探すシーンだ。ちょっと前にダウンタウンのまっちゃんが力説していた名シーンでもある。
 おしゃれなど全く気を使わない私は、まず足元からなどという格言も知らない。けれど、いざ靴を捨てるとなると、よれよれになったその靴に急に愛着を感じてしまう。新しく靴を買っても何となく取っておいて、引越しの際まとめて捨てたりする。歩くことが多い私には、靴の印象は結構残っている。服はてんで記憶にないが、ここ数年買った靴ならほとんど覚えている。数は知れているけれど。
 昨年春、森を歩いていたら靴紐が解けた。一度解けた靴紐は結びなおしてもまたすぐに解ける。それまで解けなかったのに、一旦解けると落ち着くまでにかなりの日数を要すると思う。別段きつく縛っているわけではないのに、適度なゆるさ、履くとき脱ぐときの適当さ、そこに至るまでに紆余曲折を繰り返す。馴染むというのはそういうことなのだろう。
 靴の中はだいぶよれて、外は少しの水で変色してしまうほどくたびれている。もう寿命なのは間違いない。下駄箱に並ぶとみすぼらしさもひとしおだ。けれど、紐は解けない。ほったらかしても強引に脱いでも、ゆらりゆらりとかわしてくれている。靴紐とはそういう素敵なやつなのだ。もし赤い糸というものがあるならば、そんな靴紐で結んでもらいたいものだと、結んでみたりして。

 そういえば、昨日「黒板純・結」が本当に結婚式を挙げたそうで。おめでとうございます。 Home&Photo


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