私季彩々
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北朝鮮訪問の成果についていろいろ言われている。思いの外、相手が開けっぴろげだったこともあって、結果は悲劇ではあったけれど、二国間関係は前進したわけだ。
結局のところ、経済的にも政治的にも困窮した北朝鮮が、日本の戦後補償というカードをいかに体面を維持しつつ手に入れるかということだったわけで、日本が外交手腕を発揮する場ではなかった。そんな情勢の中、拉致問題に一貫性ある首相が居合わせたのは幸運だったといえる。 拉致問題とは、北朝鮮との戦後処理を行わなかったことに起因する。基本的には冷戦の被害者達だ。日本では、近代社会にあるまじき犯罪行為だと断罪されているが、北朝鮮に同じ考えを期待するのは無理がある。日本政府が弱腰だったというのは、その事情を良くわかっていたからだろう。戦争被害と拉致問題を分けて考えることなどできない相手だった。今回の金総書記も自らの関与は認めていないわけで、絶対関与はしているわけだが、公的に認るわけがない。証言テープがあっても無駄なことだ。もちろん送金停止などの強硬手段も取れたわけだが、そのリスクには拉致者の命や武力報復まであったことを言及する論者は少なかった。何より日本国内にわけのわからない北朝鮮シンパが多すぎた。 結局のところ、北朝鮮が勝手に追い込まれるまでは、日本に解決の手段はなかった。アメリカ人の一人でも拉致されていれば、話は全く変わっていたのだろうが。戦争に敗れ、戦争を放棄し、武力を封印するというのは、このような理不尽に素手で立ち向かうことを意味していることを理解しなくてはならないのだろう。
合意文書の中に、生存者との面談、死亡者に対する調査経歴の公表を国交正常化交渉前に行うように明記すべきであった。その一点以外は満足のいく成果だったといえる。 マスコミも今回の件に関してはそこそこ冷静に思える。残された家族の感情論は当然で、その対応には文書への記載がやはり必要だったと思える。非公開の会談での発言など、ほとんど意味がないのが外交だ。後の祭りになりえる。 興味深かったのは、最近になって突然うるさくなったややタカ派の自民党面々や自由党に対して、全面的に支持すると言ってのけた共産党だ。是非とも社会党のコメントも聞きたかったものだ。この問題に対する政治のねじれが良くわかる。
北朝鮮国内では拉致のことなど全く触れられていないで、経済補償の話ばかりらしい。あの体制では国内事情を他国がどうできるものでもない。アメリカはミサイルや核査察にしか興味がない。日本は拉致一色。国益第一とはそういうものだ。
国が犯した犯罪や戦争は、結局責任などとれやしない。だからこそ悲劇なのだ。拉致被害者の死は確認されたものではないこと、その証拠については必ず提出すること、その点が前提となった正常化交渉再開と思いたい。交渉なんて今まで何回も中断されている。始まったばかりなのだから。
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