私季彩々
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2002年08月18日(日) ごみ分別

 スナック菓子の包装はアルミだと思っていたら、リサイクル用のプラスティック(PE)のマークがついていた。今まで不燃ごみだと思ってたが、分別を間違っていたようだ。

 個人的に分別には気を使っているつもりだ。以前牛乳パックをバック一杯に集めて、引越しの朝回収している店に持っていこうとしたら、どこの店も扱っていなくて泣く泣く捨てたのが後悔になっている。10年分。もったいない。
 白い食品トレイと牛乳パックは近所のスーパーが取り扱っているので持っていく。結構かさばるので、持っていくと部屋が少し広くなるのがうれしい。プラスティック類も回収しているのだが、よくよく調べるとほとんどの包装品がこの範疇に入る。メーカーの方が気を配って、ユーザーの方が遅れているのだなと。いかんいかん。
 そう考えると、私の生活から出るごみはほとんどが、この包装ということが判明。カップめんの容器もこれに入る。実は燃えるごみはほとんどない。生ごみもほとんどでないし、紙類もほとんどがダイレクトメール。過剰包装が叫ばれて久しいが、改めて考えると、個人の生活はくるまれ過ぎだろう。

 一時期ごみ問題が盛んだったような気もするが、なんか最近聞かないような。人口問題とかも聞かないような。途上国の飢餓も聞かないような。解決なんかしてない気がするけれどな。今の私は、社会は、何を気にしているのだろう。景気のことかな。そういえば、昔は景気よかった。景気がいいと感心が向かうのだろうか。なら景気は良くなって欲しいな。

 新札が出るという話があったな。野口英世が貧乏臭くてよくないとかいってる人がいて、確かにそんな感じがする。恵比寿様とかいいかも。それはともかく、紙幣が代わって経済効果の話をするのってどうなのだろう。何も生み出さないし、気分を盛り上げるものでもないものがどうして景気を上げるのだろうか。実際そういう要素はあるのだろうが、それはおかしいのではないか。というか、そういう仕組みはそろそろ時代遅れなのではなかろうか。

 ダイオキシンの問題で、ごみは大きな処理場で燃やすようになってきている。町に一つはあった焼却施設が幾つかの町で一つというようになっている。運ぶ燃料だけでも大変だ。
 資源回収したプラスティック類も、再資源化してもペイしないということもある。ダイオキシン発生予防には高温処理が必要だから、熱量の大きいプラスティックを一緒に燃やしたいという本音もあったりする。分別しても、実は一緒に燃やしてるところもあったとか。となると、わざわざ分別する必要がない。分別なんて止めちゃえ、という意見がでたこともあったそうだ。
 でも、せっかく築きあげた習慣が失われるのは非常にもったいない。お金で計れば重油何ガロンにもなるだろう。

 経済は大事だ。今更昔の暮らしには戻れない。みんなでしっかり稼がないといけない。その分社会に生じる歪も支えなければならない。それが市民の社会性であろうし、それがまた楽しい。公務員の仕事では支えられない時代に入っている。自由経済と地域社会のものさしは、個人の中で共有しうる。分担すべきものではない。

 ごみを分けるだけで何をえらそうに。でもそれが浸透してきたのは、実はとっても貴重なこと。いろんなことが大きく浸透している。悲観主義にたなびくのは簡単だが、ちょとむなしい。
 できることから、まず一歩。


悲惨ながらもベランダ農園日誌更新
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