私季彩々
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| 2002年08月17日(土) |
歩くことは新鮮の連続だ |
自転車を盗まれて、再び歩く生活を送っている。仕事に行くにも駐車場に行くにも40分は歩く。それが全然苦にならないというのも不思議なものだ。
碁盤の目の札幌市街を歩くと、必ず信号にぶつかる。信号で待たされるのは嫌だから、そこで曲がる。あみだくじをひいているようなものだ。それが行き過ぎると、信号のない中通を選んで歩くことになる。店もない地味な中通は、密かに私のお気に入りで。 道路には消えかけた白墨の文字。駐車違反の時に書かかれたものだろう。いろんな車の名前がかかれている。無事にすり抜けたならいいきれど、と余計なことを思いつつ歩く。
肥大化した都市は周囲に行くほど新しく、中心部こそが昔のたたずまいを残す。中通には、そんな古ぼけた家が点在している。くすんだモルタルの家に裸電球がともるような家は、札幌では珍しい。
そんななか、ごく普通の小さな平屋の窓の張り紙に目が止まった。「明治35年から3代100年続けてまいりました生け花業を閉めることになりました。引き続き居住していますので、今後ともよろしくお願いします。」とあった。 札幌の街で100年となると、かなりの老舗といってよいだろう。歳を召されて廃業することにしたのだろうか。不景気とはいえ地道に続けられそうなのではとおもいつつ、フラワーアレンジメントとかいう横文字が乱立する中、老舗は厳しいのかもしれない。 街のお店はあっという間に入れ替わる。息の長いのは居酒屋のチェーン店と床屋さんくらいかなと思うけれど、そんななか100年というのはすごいなぁと思う。それだけで価値があるし、何とか続けられないものなのだろうか、と、他人がいうのは簡単だけれど、3代目で耐える決断をした当人の悲嘆は、周囲に漏らすまでもなく深いのだろう。
今時珍しい引き戸をあけて、七輪でホイルに包んだジャガイモを焼いている家があった。中をチラッと覗くと、おばあちゃんにお母さん、子供が退屈そうに階段を下りてきていた。確か普段は人気のない古い家だから、お盆の帰省ということだろうか。
ビル街に差し掛かると、突然耳慣れない鳥の声が。カモメが数羽、甲高い声をあげて旋回していた。海のない札幌の街中にカモメ。
街にはいろんな顔がある。靴音を拾うように、歩くことは新鮮の連続だ。
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