私季彩々
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| 2002年08月15日(木) |
蕎麦風に扇風機回る深名の汽車去りにけり駅燃えにけり |
北海道は、ほぼだいたい回ったはずだ。歩いて、車で、汽車で、自転車で。北海道の列車のことを、汽車と呼ぶ人はまだ多い。
それぞれに思い出はないでもないが、そのとき感じたことというのはさほど無い。元から無感動な人間なのだが、感動したいという前置詞を抱くものだから、なおさら感じることなのできないわけで。最近になって、ようやく人並み近くまでそういう感情が湧くようになったのは、このような綴り物をするようになったからだろう。
汽車のたびといえば、18切符で走った稚内-札幌間だろう。名寄-深川間は旭川経由と幌加内経由で乗ったことがある。幌加内経由とは深名線のことで、これはすでに廃止になって久しい。私が乗ったのは廃止となる夏のことで、単車両ながらかなり賑わっていた。御多分にもれず、力なき扇風機が車内をかき回していたが、深緑の風が顔に心地よかった。
幌加内は、冬に三度ほど訪れたことがある。一度目はかなり昔。二度目は星を見に。だったぴろい盆地の雪に埋もれた畑の一角で、現象時刻を待ちながら車の中で暖を取っていた。星は痛いほどの点だった。 二度目は会社の下見に。この街にある会社の求人に応募しようと思ったからだ。街の情報をつぶさに調べ、町の様子も実際に目にし、住むのもいいかなと思いつつ、返事は無かった。けれど大きな収穫は、この街でHPから情報を発信している方のページを見つけたことだ。それ以来、おともだちフォルダのトップに勝手に置かせて頂いて、毎日何度も拝見していたりする。
20年さかのぼった地図を見ると、北海道は線路がたくさんあったのだと驚く。乗ってみたかったなと思いつつ、自らも車の世話になっているわけで、そう虫のいいこともいえないと思う。
無人駅に下りた夏。廃線最後の列車に乗った夏。SLを見送った駅舎。列車にまつわる記憶は幾つか程度だが、「ぽっぽや」を観て少し深く感動したりする世代ぎりぎりに乗っかっているというところだろうか。それもわるくないさね。
幌加内の国道ちょっと奥にある蕎麦屋さんで食事をしたことがある。10人以上で閉店間際に押し寄せたもので、名物の蕎麦が足りないというから、笹うどんを食べた。店の前はだだっ広く、バス停の看板が一つあった。 そこにあった幌加内駅は、燃え去ってしまったということだ。以前にこのお店で食事したときは、目の前にあったはずだが覚えていない。列車の記憶と一緒に実際の目で残しておきたかったと悔やまれる。
蕎麦風に扇風機回る深名の汽車去りにけり駅燃えにけり
塗りたての青を嗅ぐ人今日もなく無人の駅は汽車を送りぬ
移り行く夏の香りを隠す葉に主なき蝉のからの音響く
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