私季彩々
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日本ハムの事件が大事になっている。輸入牛肉を国産と偽って国に買い上げさせたとか。なんかそんな話は多々あったような。確かによろしくない。
雪印もそうだったが、みんなブランドに対する信仰は強力なようだ。私には抗生物質が入った肉を売ってしまうような事件の方がよっぽど報道すべきと思うのだが、小さなニュースでおわってしまったような。 雪印にしろ日本ハムにしろ、商品の撤去が始まればそれらは廃棄されることになるのだろう。消費者が強くなったということだが、少し考え物だと思う。この国において、食料を無駄に廃棄することは、理由の如何に関わらず熟考すべきだ。 企業姿勢を問うことは消費者にとって重要だ。具体的な運動が不買なのもわかる。だからといって、選択の自由を奪うような商品撤去はどうなのか。雪印食品のように、会社が消え去ってしまうこともある。多くの罪無き従業員を一緒くたに追い込んでいいのか。管理職や役員はそのようなときに責任をとるために存在するのではないのか。 社長が知っていたのかどうかを追求する報道が目立ったが、専務は知っていたわけで、役員の責任はトップの責任な訳だから、知ってる知らないはどうでもいいことだ。それくらいわかっているだろう。現場レベルの責任者には、そこそこのプレッシャーがかかるわけだから、在庫調整の妙味があれば乗りたがるのもわからなくは無い。働く人間ならそのくらいの事情はわかるだろう。大企業だからとかは関係なく、そういった人の弱さから事件は拡大する。
消費者の態度ひとつで企業が揺さぶられることは証明された。その態度もまた一過性の報道で大きく揺れ動くことも。不買は伝家の宝刀だ。だからこそ、慎重を期すべきだとそろそろ理解していいだろう。今回の行為は公金横領的な面がある。必ずしも、商品の安全性や虚偽表示というものでもない。流通している賞品に問題は無い。社会的制裁がうんぬんというよりも、法律的な問題と解するべきだと思う。
そもそも、BSEの発生に最大限の注意を払わず、業者や農家に八方美人を通して、不作為の怠慢を犯した農水省の態度は何だ。おまえにそんな資格があるのか、というのは私の嫌いな言葉だが、今回ばかりは黙ってられない。マスコミの矢面に立って、辞意を即刻表明した企業幹部に対して、高級官僚の一人でも辞めたのか。やったことといえば、吉野家での研修くらいではないのか。若い獣医師が責任を痛感して亡くなっているというのに。今後日本で人の発症がもしあったら、どうするというのだ。日本中でおこなわれる全頭検査の費用はどれだけかかっているのか。事件の報道の最後に、そもそもBSEを起こした農水省の責任を皮肉るコメンテーターの一人も見たことが無い。
食品に関しては、街の総菜屋さんから大企業まで多様だ。例えば品質保持期限切れの食品を再加工して利用したことがたびたび問題となるが、品質保持期限は劣化が始まる期限を示していて、安全性には問題が無い。そもそも安全域を考えて短めに取ってある。だから専門家はまだ使えるとたかをくくる。 品質保持期限は本来科学的な実証が必要だが、一般的には慣習的に範囲が決まる。個別製品を実際に検証するのは困難なことだ。 私は安全性に問題が無いのであれば、企業が自信を持ってそういえるのであれば、食材の無駄を無くすべく最大限の利用を心がけるべきだと考える。
食に対する最大の背徳は、安全性を無視することだ。今回の事件はその点では問題ない。そのおごりを助長することによって、そこに繋がっていくといわれれば仕方がないが、消費者にも奢りが無いか、是非問いたい。本当は何が問題なのか。
というわけで、私は値段が同じであれば雪印の牛乳を買っている。がんばれ。
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