私季彩々
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| 2002年08月05日(月) |
1000年いきれるとしたら |
久々に雨らしい雨が降った。その反動で夏らしい天気、とはいかないようだけれど。
お友達が東京から釧路へやってきてるはず。涼しい釧路にやってきてさぞ驚いているのではないでしょうか。30度なんて縁のない世界が日本にあるのですから。 全国の最高気温を見ていると、30度を超えないのは仙台以北。仙台だってかなり厳しいラインだ。体温より高いなんてどうかしてる。昔からこんなに暑かっただろうかと思ってしまう。実際ここまでひどくはなかっただろう。窓を開け放って、打ち水をして暮らせる範囲内だったのではなかろうか。その範囲がどこまでかは私にはわからないけれど。熱帯並みの湿度と気温の最中で、みんな良くやってるなと思う。
検疫施設などでは、熱帯の蚊が見つかっているそうだ。日本でも生き延びて繁殖が可能となれば、伝染病の発生する可能性もある。植物の種が入り込むよりもよっぽど危険だ。 温暖化に伴って海水面も上がっている。小国マニアの私が知るツバイというポリネシアの国は、海抜2mという環礁の島国だ。すでに井戸に真水はないという。
地球の歴史から行けば、氷河期と間期を繰り返しているわけで、人の営みの影響はどれほど大きいのかわからない。小惑星が一個落ちただけで大きく変動するわけだし。りんごの皮ほどの厚さもない大気の衣のありがたさ。その下で生きているというのはほとんど奇跡だったりする。
表面と空気の間を流れているのは、水。希薄だけれど、純粋な水が激流となって流れている。 温度と気圧の谷を流れ、生き物はその流れに翻弄される。
川の流れにはいろんなものが添うという。魚、虫、木の実。それがビニル袋に変わる場所もあれば、塩の水に化けることもある。地とはいろんなものが溶け出す場所だ。
きっとこうして大地は変わる宿命なのだろう。塩の井戸ある島は沈み、送る水無き地は砂に帰る。
空が変わったら、水が変わる。暑き流れは一時なのか、このディスプレイの明かりはどれほど影響しているのか。その免罪符といえば、それを意識することと、命の短さだったのだと思う。
もし人が1000年を生きれるとしたら、何が変わるのだろう。
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