私季彩々
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| 2002年06月23日(日) |
真っ暗になりきらぬ部屋の猫の目の朔にたゆたうエメラルドの海 |
起きるとやっぱり曇り。予定通りお出かけもせずに不健康な生活を送る日曜日。どんどん曇天。嫌いじゃないのだけれどさ。
部屋の中でも半袖じゃぁ寒い。だからといって一枚羽織るのも面倒。膝に猫を抱いてみる。 NHKスペシャルの「アジア古都紀行・京都」をみる。京都って水の都なのね。大きな盆地の水溜りに土が乗っかってて、その上に浮かぶ舟の上で住んでいるようなものなんだ。街というのはそういうところにあるものなのかもしれない。 「鴨脚」とかいて「いちょう」と読む水を守ってきた一族の方がでていた。そういうのってすごいな。守るべき価値あるものは守るべきもの。水の文化は守りたいもの。昭和の時代に入って失われかけているものは、きっと守るべきものたちなんだ。守らないと。
裏千家の家元が、元旦に汲んだ水でお茶を立てて先祖と話すということをするそうだ。ふと疑問に思ったのは、明治になって旧暦が新暦に変わったときに、それまでの習慣を新暦にそのまま持っていったのだろうかということ。
連綿と続いてきた暦の行事は新暦に移って1月ほどずれた。今では当然のように思えるけれど、移った瞬間はどうだったのだろうか。そんなに簡単に受け入れられるのだろうか。 中国とかだと今でも旧正月の方が盛大だ。イスラムならば太陰暦が当然の暦。確かに太陽暦の方が補正も少ないし、世界経済の大勢にもかなっているから便利なのはわかる。けれど、月の形をみながら、潮の満ち引きを見ながら暦を読むのも棄てがたい。 満月を過ぎると、昔の人は月の出を心待ちにしたのだろうか。立待、居待、寝待、更待・・・。月が現れるのを待ちくたびれているうちに、だんだん床に近くなっていく。23夜に願いをかけると月が拾って持っていってくれるとか。
天照すまぶしき神様よりも、日々変わる月に惹かれる人も多かろう。月派に猫派は賛同者が多いのではと思いますがいかがでしょう。
今宵十三夜。一説では満月の次に美しい月の姿とか。あいにく札幌は曇り空で何も何にもみえません。けれど曇り空のほうが、町の明かりが反射して明るいものです。 夜の猫目は十三夜。そんな時間です。
真っ暗になりきらぬ部屋の猫の目の朔にたゆたうエメラルドの海
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