私季彩々
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2002年05月28日(火) 月夜の廃墟

 白みかけた南西の空に、ほとんど満月に近い月が昇っている。点滅する高層ビルの赤灯。暗闇に威勢を放っていた夜更かしな窓明かりもだんだんと薄明に溶けていく。
 圧倒的な光の前にさまざまな人口の光はなすすべもない。むしろ都会は夜にこそ輝くのかもしれない。

 数年前にとある炭鉱住宅に泊まりにいったことがある。星を見に行こうという奇特な連中が、とある期間格安で借り受けたのだ。二階建ての良くある住宅で、中は意外なほど普通だった。少し乾いた畳と窓の隅に薄く張ったくもの巣。外には数十センチの青草が茂っていて空はどこまでも薄暗い曇り空。
 そこにはたくさんの住宅が並んでいたが、実際すんでいる人はほとんどいなかった。

 とはいえ仲間内で行っている訳なので、孤独感はほとんど無かった。元々は田舎もので、寂れた雰囲気にはなれている。むしろその方が落ち着くくらいなのだ。
 夜になって晴れ渡る空に星々は見事に輝いていた。その空に直線的な影が存在していることに気を止めることもなかった。
 翌日、近所を散歩すると高いレンガ塀に囲まれたところがあった。その中にはセメント工場のような建物があった。機械類や配管は綺麗にさびて、花を開くように反り返っていた。その隙間越しに光景が切れ切れに広がっていた。赤錆の節穴から覗くようにその廃墟が目に入る。朝露をかぶってうっすらと光る下草とうす緑色の色褪せたペンキのタンク。私はその場所がたまらなく愛しかった。

 明けた空にはまだ月が浮かんでいる。窓から見える建物はみんなしっかりしているが、人の気配はまだ無い。これが廃墟じゃないと言い切ることが出来るのだろうか。

 街は人が作る。人が去れば驚くほど早く街は消える。旧道や古地図の部落を尋ねるという本が何冊か出ていて、それを読むと棄てられた部落が消えるまでに10年とかからないようだ。

 けれど、街は変わる。人がめまぐるしく動き、街を変えていく。そのスピードについていけず、漠然と変化することだけを感じて暮らしている。
 そんななかスローモーションのような生活や、静止画のような光景に出会うとはっと息が止まる。

 去年の夏の夜、富良野からの帰りに道を間違ったことがある。何度も通った道で、民家などほとんど無いと思っていたところに、突然住宅街が現れた。平屋の集合住宅から人がぱらぱらと歩き出て、どこかで盆踊りの音楽がなっていた。いつ舗装したのかわからない入り組んだ道を、あみだくじを引くようにして、元の道に戻った。

 あの集落は時間に取り残されたようにそこにあった。また行くことは出来ないように思えてならない。そして、その位相はセメント工場のそれとほとんど変わらないと思う。
 あの盆踊りの音楽は怖かったけれど、私が感じる愛おしさというものがどういうものなのかわかったように思える。それは私的な感情。それを人間的といっていいのかわからないけれど、それが私なのだろう。

 道路沿いで何かの跡を見たら、私は車を止めてしまうと思います。 Home&Photo


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