私季彩々
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2002年05月13日(月) 書を携え、街にも森にも行こう。

 札幌では寺山修二の展示会が何箇所かで開催されている。先日、中島公園を散歩してて、そこにある文学館の掲示を見て気がついた。

 私の中の寺山修二は、短歌と著作を何冊か読んだだけだけど、インパクトという面ではこれ以上無い破天荒さと感性の持ち主なのだろうと思っている。並ぶのは岡本太郎かな?
 座談会やフィルム上映会など是非見たかったものはほとんど終わってしまった。けれど、近所の美術スペースでも展示をやっていたので、早速寄ってみた。
 寺山修二の早すぎる晩年は演劇活動がメインだったが、そのいくつかの展示だ。天井桟敷の舞台入口のドアとか、奴婢訓、レミング、百年の孤独の舞台装置模型とか。全くもって怪しさ爆発である。私の想像力ではそのくらいしかいえない。それでも、氏が自ら書いた劇団新聞のくだり等を読むと、圧倒的な氏の論理展開に嵌まり込んでしまう。論理などといってしまうのは浅はかなのだけれど。

 整理できない言葉が溢れ返ってしまってしかたがない。私は本を読むことが少なすぎた。ただ遅咲きながら、最近になっていろいろと文字や言葉や映像が私の中に入り込むようになってきた。

「沖縄の南にとある島がある。ここでは祭祀が全てを決める。その祭祀はどうやって決まるかわからない。その命令は絶対だ。そうやって物事を委任しているのが現代社会であり、科学であるとすれば、今の私たちに必要なのは科学からの束縛よりの解放である。」

 私的な記憶であいまいだけれども、氏の言葉は刹那的なようで一貫性があるんだよねー。

 もうだいぶ錆びれているのですが、私も感性を磨く旅をこれからも続けます。まだ書を捨てるのも早すぎます。書を携え、街にも森にも行こう。


草の笛吹くを切なく聞きており告白以前の愛とは何ぞ
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