私季彩々
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2002年04月16日(火) 不安

 最近ちょっとした弾みで膝がずれてしまいます。膝を固定する前十字靭帯を切ってしまった私は無理が出来ません。今は全力疾走や急な動きさえしなければほぼ問題ないのですが、歳をとったら大好きな山登りは出来なくなるでしょう。

 関節に内視鏡を入れて検査する手術をやった事がある。ごく簡単な手術で数ミリの切開を3箇所あけただけだったが、下半身麻酔だった。膝を抱えた状態で脊髄注射を打たれたのだけれど、それから数時間は意識はありながらも動けない。下半身は注射を打たれたときの感覚のままなので、実際の手術では伸ばされているのに、意識は曲げたまま。先生に「だるいから伸ばして良いですか?」と聞いてしまう間抜けさだった。

 手術となると簡単とはいえなかなかすっきり出来ないものだ。私も二の足を踏んだ。検査結果で靭帯が切れている事がわかったのだが、切れてしまった靭帯を戻すのは不可能で移植となるらしいのだけれど、移植した筋膜を靭帯にまで鍛えるのは相当のリハビリが必要で、それでも十分な強度が得られないことも多いらしい。私の場合はもともとの筋の細さもあって、日常生活には差し支えないと様子見となった。
 手術といってもその程度。命がどうこうというものでもない。

 母が一度癌検診に引っかかって精密検査で札幌に来た時付き合わされた。その不安たるや経験したものでなくてはなかなかわかるものではないだろう。結果は問題無しだったけれど。

 動物の手術を何度かやったものだけれど、麻酔さえきちんと管理すれば、よっぽどの事がなければ手術自体はまず問題ない。生き物の体とは強いもので、意外と出血はしないし縫えば元に戻る。外科手術の基本はとにかく悪いところは取ってしまう、これにつきる。脳以外なら、一旦心臓をはずすといわれても、大丈夫かなと思ってしまえる。ヒトの手術の制度の高さは究極のレベルに達しているように思える。

 問題は手術自体よりもその性質だ。その後にどんな事になるのか、どのような暮らし方を考えなければならないのか。人とは不憫なものとは思うけれど、結果を待つ気持ちは本人が耐えるしかない。大丈夫といわれても不安はのこりる。
 それを支えられたらうれしいのだけれど。そう思っています。そうする事しか出来ないのです。 Home&Photo


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