私季彩々
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日没まで少し時間があったので、水源地の森に行ってみた。街中の雪はもうすっかり消えたけれど、水源地の駐車場にはまだ随分と残っていて、ここだけ数度温度が低いように感じられた。
遊歩道も雪がまだ大分残っていて、道はほとんどぬかるんだ様子。まだ人もほとんど入っていないようだ。 日も落ちて夕暮れが勢いを失っていく。水面がどんどん沈んでいく中、半分以上がまだ氷に覆われた池は、雪が仄かに明るい。水面は暗く、その中でひっそりと佇む鴨がさらに闇へと同化していた。
福寿草の姿を探してみたがどこにもいない。雪の重みで倒れた枯れた草が折り重なり、水をたっぷり含んだ土がスポンジのようにプシュプシュと音を立てた。脆い雪の塊は早すぎたスニーカーをたやすく飲み込んで、ザラメ雪を靴中へと放り込んでいく。
木道へでると途端に歩きやすくなったが、水かさを増した池の水面すれすれになっていて、とても不安にさせる。いよいよ沈み込んだ夕焼けはすでに夜に近く、影も落ちない道を足跡だけが響いた。不安になってまだ明るさのある空に目をやると、数羽の鳥が北へ向かって羽ばたいていった。
池を越えて林に入ると雪がまだかなり残っていた。両側をそびえる木々に挟まれた道はトンネルのように開けていて、鎌倉の切通しというのはこういうものかもと思ってしまう。サクサクと雪を踏む音がどことなく目前の道から誰かがやってくるように感じられて、身ををちぢこませてしまった。
暗闇に浮かぶ道が数キロも続くようなところを歩くというのは、とても不安な事だろうと思う。昔はそんなことが日常茶飯事だったわけだから、ヒトの行動範囲というものはたかが知れていたのだろう。そんな中にふと現れた街灯に心を休ませるのは、人としての本能のようなものなのだろうか。
一周して水面をみると鴨はもう一羽もいない。暮れた森は闇に包まれ私はここにほっておかれた置物のようだった鴨たちの姿を求めつつベンチに腰を落とした。ただひたすら暗く、枯れた山湖が広がっていた。 そんななか土は水気を含んで草花の芽吹きを下支えする準備を整えている。あと2週間も時間は要らないだろう。軽く沈み込む靴がその証拠となる。歩きにくいこの時期が森の最も静かな時期かもしれない。
少しだけ鴨の出迎えを期待した私に、遠くから石焼芋の呼び声がする。さて、帰るとしよう。どちらも、愛すべき帰る場所ではあるのです。
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