私季彩々
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| 2002年01月29日(火) |
沈黙は我を見据えし吾なれば破り騒いで逃げれど寂夜 |
逃げつづける事など出来ないとわかってても、結局逃げてたりしてます。そういう時に差し伸べられる救いはありがたくも涙が出てきますが、それ故に受け入れられない事もあります。
私が尊敬する事の一つに、”助けて!”と叫ぶ事ができるという能力があります。能力というのは大げさですが、それくらい私には羨望するべきことなのです。 一人で出来る事はたかが知れているし、切羽詰った時はその限界をすでに超えているわけで、そういう時は素直に力を借りるのが手っ取り早い。大抵は時間が経ってしまうと修復は困難になるものです。借りた力は負債として残るわけではなく、かえって信頼感や互いの満足感で相乗効果が生まれたりします。
全てはその”素直”さ。 そこが典型的に欠けている私は、小学校の時、書道で”素直”と一旦書いて、その半紙を破り捨てました。
人は誰かの力になりたいもの。愛するもののためとあれば何を置いても全力を尽くします。その表現方法は多々あるにせよ、その感情は陳腐なまでに普遍なものでしょう。 けれど、それを受けるものは。素直さも意気地も無く、見栄と無感情に陥った者は、何よりその慈しみから逃げます。それが大きいものであればあるほど、愚かなる者は逃げ惑います。
私は愚か者。タロットカードに描かれた愚者の姿が浮かびます。そのカードをめくった私にとって、何より怖いのが、私を愛してくれる人達。 そのことを愚者は知っています。知ってて逃げつづけます。一人の時はテレビをつけて。夜を恐れて夜更かしをして。 逃れられないのを知りつつも。破局か、転機に出会うまで。
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