私季彩々
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| 2001年10月30日(火) |
殺す事は学ばせるべき事? |
例えば小学校の林間学校で、チキンカレーを作るとする。”ニワトリを絞めて殺すところから始めましょう”、と先生が言いました。さてどうでしょうか。そんな話題が職員室で始まった。
ほとんどの子供達にとってそんな経験は皆無であるでしょうし、保護者も先生も同様でしょう。今時そんなことをする事はないと思われる。 現在60歳くらいの先生達と話すと、そういうことも昔はあったそうだ。30年も昔であれば、動物を食べるために飼っていた家もあったそうで、積極的に関わった子もいたそうだ。 現在魚すらさばいたことのない子供達に、いきなり命を奪う事の業を強制することはいかがなものか。かえってトラウマとなって残ってしまいそうで少々怖くもある。
私は田舎で育ったが動物を飼ったことはない。でも魚釣りが好きだったので良くさばいたものだ。学校では蛙の解剖すらやったことはなかったが。けれどあのころニワトリをさばけといわれたら無理だろう。そんな私だが大学に進むと大量殺戮をわりかし平気で行った。馬に始まり牛羊犬猫鶏兎鼠・・・。ほとんどの同期は必要と割り切って。
ムツゴロウこと畑正憲氏が、どこかの旅で連れて行った羊を殺して食べていた事があった。動物は愛しいが人間とは違う。環境や状況によって命との対峙の仕方は変わるものだ。
現在のように殺す事が日常から遠ざかった世界というのはやはり幸せな事だと思う。その上で、それを生業にする人がいることを教えるべきであるし自然に知っていくことでしょう。 そもそも親がやった事もないことを子供に強制するのはいかがなものか。どうせなら子供の前で親がまず行動すべきだろう。
あ、なんかボーイスカウトの話になってしまった。 自然や命と対峙する事は親の属性に入るものだと思う。犬をかわいがる事とニワトリを絞める事は矛盾しないという事。一番怖いのは過激な博愛主義だと思ったのでした。 その時座っていた面々は全て殺した事のある人々だったわけですが。
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