私季彩々
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| 2001年10月20日(土) |
"好きです"と告げた私に微笑んで”Hello!”と返す君留学生 |
私の通っていた大学(まぁ今も籍はあるのだが)は地方大学だからあまり留学生はいない。とはいっても全部で200人くらいはいるのだろうか(根拠はない)。ざっとみると中国や韓国からの人が多いが、中東やヨーロッパからの人もいる。理科系にはアジア系、文系には欧米の人が多いというのはあるかもしれない。
彼らはたいてい大学院に留学してくるので、院ならばそこそこ接する事がある。私の教室には30歳くらいの中国からの留学生がいた。お医者さんだけれど解剖の勉強にきていたのだ。他にも30代くらいの人は多く、けっこうのんびりと実験を繰り返していた。最先端の研究をするというよりも、勉強をして基本を身に付けつつ学位を取るという感じだ。まぁ医学部ということで、学位のレベルはそこそこでも十分取れる。結婚してる方が多いが独身の人もいた。
学部の頃はザンビアから留学生が一人きた。日本人の中に黒い肌の人が一人いると随分目立つ。ほとんど言葉が出来ないからお互い不確かな英語を交えてなんとかコミニケーションをとる努力をした。宴会の時は豚肉を出さないように店の人に頼んだものだ。お祈りはしてなかったのだけれども。 そういえば、4階の南西の部屋には絨毯を敷いた小スペースがあった。イスラムの方々がお祈りをしていたのだろう。
外国で勉強するというのはなかなか大変だろうな、と思う。特に言葉がほとんどわからないまま来る方々が多くてその度胸には恐れ入る。中国や韓国だと多少仲間がいるから、そこを支えに積極的になれるようだが、ザンビアの彼は厳しそうだった。私達にも問題はあるのだが。けれど迎える方はけっこう人懐っこい感じというのが彼らから聞いた感想だ。なかには留学生と恋に落ちる人もいるだろう。あいにく私の周りに女性留学生はいなかったけれど。本当に言葉の通じない恋愛というのはどんなものなのでしょうかねぇ。ちょと切なさそう。
私は結局外国に出る機会がなかったけれど、行ったらどうなるのかなぁ。人付き合いは苦手な方だけれどけっこううまくいったりするかもしれない。殻を破ってみたりする? アフリカにサルの友達になりに行った奴とか、インドの山奥に行ったのとか、フィリピンで水牛飼ってみたりしてる奴だとか、やりたいと思ったことはやるっきゃないですな。彼らは結局何とかなっていますから。 でも私はどうなるのだろう? あ、やばやばっす。あはは。
"好きです"と告げた私に微笑んで”Hello!”と返す君留学生
他短歌3首アップ。おちゃらけモード。
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