私季彩々
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| 2001年10月15日(月) |
わが人生の名言とは? |
中途半端に午後の時間が空いたのでぷらぷら歩いた。遅い昼飯でもと通りを歩いていてもめぼしい飯屋はどこも暖簾が閉まっていてランチタイムも終了してしまっている。あるき疲れた先にあったBook Offの黄色い看板をくぐる事になった。 古本屋でまず見るのは植物本と山の本。値段が張る本なので100円で買えればもうけものである。1冊手ごろなものがあったので入手。北海道文学散歩というのもGet.。本情報のほとんどない私は地域史的なものにも関心がある。 そのあとは文庫本探しとなる。といっても作家をほとんど知らないので決ったものばかりに目が行く。今回は寺山修司を3冊。”ポケットに名言を”他。
”花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生さ” 井伏鱒二 (花發多風雨 人生足別離 の訳) どうしてこれがこうなるのだろうか。生きた言葉と乾いた肌触りがこたえられない。
”君は、小さい時サンタクロースを信じ、大人になっては神を信じるんだ” ”そしていつも想像力の不足になやむんだ” (野いちご) 神か想像力か。想像力の中で神を見出すのか、神の前で想像力などは一切邪魔なのか。最近私が思う疑問だ。聖書に全て書かれていると私の友人はいう。彼が寝食を忘れて学ぶ神学とは既知のものを紐解くだけなのか。そこに想像力は必要ないのか。信じるものを定めなくては、方向性の定まらない想像力は堕落していくだけなのか。
三浦綾子さんも最近はよく読む。彼女は生粋のキリスト教者だ。 ”復讐心は神にゆだねなさい それは神の御技です” 人が制御できないものは持つべきではないというのなら合理的だ。しかし私達はそれを放棄できないまま数千年の文明を生きている。キリスト教盛んなかの国でこの言葉の意味はどれほどの重みを持つのだろう。武力行使を容認する議会決議で、ただ一人反対を表明した女性議員がいたそうだ。
読みふけっていた私の耳に”♪ミニモニ携帯リンリンリン〜♪”。 今が盛りのミニモニの曲。脱力感とおかしさで肩がちょっと震えた。 ”名言を必要とする時代は、もっと不幸だ”(ブレヒト 英雄論) 間違いなくミニモニは名言でも名曲でもないがまぎれもない現在であり無垢である。
”小さい子供が初めて笑うとき、その笑いは全然何を表現しているものでもない。幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい。”(幸福論 アラン)
あっという間に読み終えてしまいました。 寺山氏といえば”明日のジョー”の主題歌だ。その程度の私にも詩人の魂を感じさせてくれる破天荒さに惚れ惚れ。 この本を開くときには常にミニモニが浮かぶ事でしょうがそれもまた許容してくれる事でありましょう。
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