私季彩々
DiaryINDEXpastwill


2001年10月09日(火) 生徒さんと接すること 

 一日に3つの仕事を掛け持ちする羽目になった。アルバイトの身というのはなんとも中途半端だ。
 朝7時から病理のお仕事で顕微鏡で癌の判定をする。今日は乳癌が多かった。かぁるく癌だなんていってしまうが、その診断で悲嘆にくれる飼い主さんが増えるという事だ。事実は事実だが命の宣告というものを担っている事が現場から離れると一気に希薄になってしまう。
 次は専門学校で講義。何故か食品関係を教えている。前期のテストの解答を行う。テストが終われば興味がないといわんばかりに半分以上が寝ていて悲しい。学生さん、貴重な時間をもったいないね。私も力は足りずとも一生懸命やってるんですが。人間教育をやるには時間がなさ過ぎるけど、私はこの仕事かなりすきなんよね。
 次は中2の家庭教師。非常に出来が良い生徒さんでとても楽。すでに高校入り口のレベルがあったりする。勉強の面白味をかじっているというのは強い。ネットのリンクのようにあらゆる方面へ関心が飛ぶ。何と何がつながるわからないという事を理解していることが大きい。

 ”何が必要で何が必要でないか判断する事は容易ではない”
 私の格言の一つだが、若くしてだれてしまう人は勝手に判断をしている場合が多い。これは無駄だ、これは役に立たない、時代遅れだ。そんなことを言いながら何もせずに机に伏してしまう。無駄話に花を咲かせる。携帯電話のメモリーをかちゃかちゃとする。

 私がこの学校で教えているのは、面白くないといってやめた一年間の実務経験のおかげだ。何の役にも立たないと思っていた経験がちょっとした収入につながった。そこで貴重な人にも出会った。教壇にたつという面白さと学生に対峙するという厳しさも知った。

 高校までのぬるま湯から飛び立ち自らの意欲と相向かう厳しさ。つい最近まで高校教諭だった講師陣ももう手取り足取り生徒さんを教える事はしない。意欲あるものに知識は流れていく。
 それでいいとは思わない。より興味を換気する方法を模索しなくてはと思う。しかし週に1日行くだけの空間で横断的に学生さんと接するのはなかなか容易ではない。

 自ら学ぶ意欲を持つという事。それが身についていなければなかなか厳しい世の中だ。学校というパッケージのなかでその意欲を持ちつづけることは実は難しいように思える。

 モラトリアムという現代病からいかに脱出するか。
 それはやはり現実にぶつかるしかないだろう。挫折、感動、無力感、優しさ。いくつかを繰り返すより仕方ない。
 教壇で彼らを見るたびにそのことを考えてしまうのです。ああ、全然整理がつかない、このことには。私自身がまだまだモラトリアムだからなのでしょうけれど。 Home&Photo


とんと |MAILHomePageBBS

My追加