私季彩々
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2001年10月04日(木) 自転車失踪暦

 自転車が見当たらない。月曜日に使って以来見ていなかったからその間になくなったようだ。鍵は確かにかけてあった。

 やっぱり盗まれたのだろうか?
 何も貧乏極まりない私の自転車を盗む必要はないではないか。周りにもたくさん、もっといい盗みやすいのがたくさん・・・。ああ、情けない思いを交錯させてさらに惨め。でもどうしてこんな不幸がわが身を襲う?
 天災や不幸。かかり振る災難に身を縮ませながらも神の与えたもう試練と心を振るわせつつ生きる・・・、などというにはあまりに小さな不幸。割り切れるはずもないがやり過ごすには我は貧しすぎる。心も財布も。

 自転車には愛着がある。
 高校の頃、通学先では何度も盗まれた。ぼろぼろの自転車をもらっては直し、また盗まれた。最後の自転車はブレーキがフレーム製のいかにも古い実用車だった。居並ぶ置き自転車の中で異彩を放っていたためか最後まで付き合ってくれた。
 高校時代、地元で乗っていた自転車は空色だった。何故か誰かに目をつけられたらしく、ひどい時には週に一度は針で刺したような穴があけられていてパンク修理の腕を挙げたものだ。一度盗まれた時は母が根気強く探して見つけ出してきた。大学入学時に札幌に持ってきたのだが3ヶ月で盗まれた。
 その後中古屋で買った自転車では、長距離旅行で多分3000kmは走っている。真冬の北海道でも自転車は愛用した。愛しき自転車の一台はポプラ並木まで連れて行って記念写真までとった。その自転車は帰り道にぽっかりあいた穴にはまって前輪が曲がって運命を終えられた。
 その後買ったこれまた中古の自転車もすぐになくなった。
 その後中国の留学生から頂いた自転車も2ヶ月でどこかに行ってしまった。

 私だけなのだろうか。何故こんなにも盗まれつづけるのだろうか。鍵もかけてるし新しい自転車というわけではない。むしろぼろぼろのものばかり乗っている。
 今回の自転車は大阪に帰っていった友人からもらったものだ。寿命はたったの2ヶ月だ。申し訳なくて涙が出てくる。

 話によると札幌の自転車泥棒はとても多いらしい。誰でも一度は経験があるようだ。それにしても私は多すぎる。

 昔の友人で、得意気に鍵のナンバーを当てる奴がいた。わかる人にはあの番号はすぐにわかるそうだ。おまけにワイヤーを切断するてこのような鋏までだして得意気に盗みの経歴を述べやがった。警察に突き出してやろうと拳をしっかり握り締めたのを覚えている。それで友情も終わった。まぁもともとさして厚くもなかったが。

 雪の季節もちかづいているとはいえまだまだ自転車は欲しいところ。
 神様、やっぱり悲しすぎます。 Home&Photo


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