私季彩々
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2001年09月29日(土) 高級店”ダイエー”

 ダイエーありがとう応援セールというのをやっていた。王監督の背番号いんちなんで89円で並んでいたカップめんやレトルトパックを大量に買い込んでしまった。

 ダイエーといえば大衆的なスーパーのイメージだが私の場合は違った(過去形)。
 私の田舎はもちろんデパートなどはない。大きなスーパーがまぁ買い物に行くなら豪華版だったけれど、玩具や本は貧弱。子供が買い物に行って楽しめるためにはこの二つは欠かせない。釣具や日用品も欲しいところだ。昔は食料品はともかくその他のものはなかなか手広く売っているところはなかった。
 となると隣の大きな街へ出かけていくことになる。ここには”長崎屋”と”ダイエー”があった。その後”イトーヨーカドー”ができた。長崎屋とイトーヨーカドーは二階建てで馬鹿でかかった。我が家は何故か長崎屋を愛用していた。
 何でもあった。とにかく本屋が充実していた。ゲームセンターで10円片手にコインゲームなどをして安っぽい景品のお菓子やコインを集めていた。パックマンなんかのゲームもここで始めてやったはずだ。そしてひたすら漫画を読んでいた。デパート巡りはこの程度の楽しみも包容力を持って与えてくれた。私にとって”長崎屋”はパラダイスだった。

 そんな私にはなかなか敷居の高いところがあった。それは”ダイエー”だ。
 ダイエーは長崎屋から駅を挟んで向こう側にあった。子供には駅を超えるのはちょと抵抗があった。さらにこのダイエー、7階もあるのである。エスカレーターで何階も上がっていくというのはドキドキしてしまうのだ。興味のない婦人服売り場なんかをこえて行くのもなんとなくばつが悪い。売っているものも高級感があるように思い込んでいたのだから不思議だ。最上階からの見晴らしも良かった。

 何故そう思っていたのかはいまだにわからないが、単に高さがあったからとワンフロアが狭かったからだろう。開放感のなさが何故か居心地の悪さにつながったのだろう。

 だから札幌に出てきたときはびっくりしたものだ。ここではダイエーはただのスーパーに成り下がった。今は亡き大通りのダイエーは居並ぶ百貨店のなかで庶民性を発揮していたし、うちの近くのは毎日の買い物に利用している。誰にも恥かしくてダイエーをデパートなどといえない。
 今では私にとって居心地の良い店である。 Home&Photo


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