私季彩々
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| 2001年09月08日(土) |
移りゆく夏の香りを隠す葉に主なき蝉のからの音響く |
※昔の文を転載して加筆してみました。季節はずれの夏一首に寄せて
明日汽車でちょっと遠くまで行く予定。とはいっても距離にして340kmもあって、乗ってる時間は7時間くらい。さてどうすごそうか、とおもっていると、ちょっと昔をおもいだした。
高校の3年間は汽車通だった。毎日毎日よく乗ったもんだ。朝はとても混んでいて入り口のデッキでつぶされていた。そんななか、次の駅ででっぷり太ったおばあさんが、ものすごくでかいガンガラをどんと積み上げた。40×70×30cmくらいもあるアルミの入れ物を3つ。ただでさえ狭いデッキが、おばあちゃんとガンガラで潰れてしまう。ほんとに憎くらしかったものだ。 あるとき、おばちゃんがそのガンガラを開けた。中からは砂浜の香りとともに、ホッケやらタラやらが出てきた。そして、途中の駅で待っている、これまたおばちゃんに売っていくのだ。お代はあとでねー、てな感じで。 今になって思う。あのおばちゃんは、たぶん戦争中からずっとこんなことを続けていたのかもしれない。旦那さんを亡くして、女手ひとつで子供を育てていたかもしれない。車窓を流れる風景を、もう数十年も見続けていたのかもしれない。そんなことはないのかもしれないが、学生ばかりの汽車の中で、あのおばちゃんの時はどんなふうに流れていたのだろう。私が生きてきたよりずっと長い時間をしっかり生きてきたはずだ。
こんなとこで何をしてるのだろう? 家ひとつ見えない無人駅に降りる人をみて、そう思うこともある。明日私は、その駅のひとつを目指すのだ。私はどんなふうに映るのだろうか。どんなふうに生きてきたのだろうか。
明日汽車に乗る。4年前にのった時は、深緑の鈍行だった。窓はさわやかな暑い風を吸い込んで、形ばかりの扇風機が申し訳なさそうにまわっ、て夏に気持ち良く負けていた。
まだ私はひよっこだ。なんとなく焦っている自分。勝ちにいっている自分。でも空元気してたって鈍行ではしかたない。各駅停車で乗ってくるもの全部を楽しみにしよう。
気持ちよく負けてみたい。なんたって長旅なのだから。
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道北のはずれの駅。椅子が数個入れば一杯になる小さな駅舎。木造の造りは長の風雪に耐えたように、黒くいい色をしていた。 すでに駅は地域の役割を国道に取られてしまっている。荒れた雰囲気の中、わずかに添えられた花が、この駅を拠り所にする人の影を伝えていた。 ホームには数本の木が枝を伸ばしている。冷夏の北海道はこの駅にも降り立ったようで、蝉の音一つ聞こえない。 誰もいないホームに寄りかかる。木漏れ日に目をやると、葉陰に蝉の抜け殻があった。葉と共に揺らぐ飴色の殻、葉の緑、木漏れ日。それらが一緒になって溶け、つかの間目が眩んだ。夏の音が木霊した。
ホームには渡る風が足元の草をそよがせるだけだった。柵の青いペンキがやけにまぶしい。
その年の夏はその一瞬だけだった。永遠に残る一瞬だった。
移りゆく夏の香りを隠す葉に主なき蝉のからの音響く
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