私季彩々
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世にはミニコミ誌というものがある。同好会誌というものから喫茶店主や映画館の情報誌から詩が印刷されていたり。とにかく紙に書いてしまえば立派なミニコミ誌だ。さてそれをどこに置こうかというのが問題になる。 書店に置く訳にもいかないし街頭で配るのも的外れ。喫茶店の主人なら店にも置けようが一介の詩人や歌人にはそんな場所もない。
札幌では今はどうだか知らないが、シアターKINOという映画館も階段に映画パンフレットと並んでいろんなミニコミ誌が並んでいた。そんななかに同級生の詩集があったのにはちょと微笑。マイナーな映画チラシとの相性もなかなか良かった。開演時間を待って並んでいる間にこれらの誌面をみながら思いを形にして伝えることのうれしさとはずかしさに想いを馳せた。ここに並んでいるのはそんななかで精一杯背伸びをした熱い想いだ。例え静かで地味な誌面だったとしても。
そんなことを思い返したのは、我が森の師匠が毎月B5の紙一枚に”歩来朗だより”というものを出している。丁寧な手書きの文字に森でであった花や鳥のこと、森の香りを伝えてくれるものだ。 それは単に想いを伝えるということだけでなくこの森を守りたいという想い。様々な利害と惰性と化した管理の狭間で一花一樹を愛でる目を持つ人にはいらだつ面も多いだろう。融和な顔立ちからは思いも寄らない熱さが誌面からにじんでいる。
一枚一枚に込められるもの。仲間を求めるもの。ただ伝えたいもの。守りたいもの。戦いの狼煙。あふれる感情がつまったものたち。 それらの精神はネットの世界にも通じる。けれど彼らのほうが厳選されているようにも思える。それは伝える努力と印刷という手間がそうさせるのだろう。何より手書きは暖かい。
個人の目のなんとあついことか。真実は八百万の神様の数だけある国なのだから目を向ける価値は十分にありますよね。
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