私季彩々
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仕事柄顕微鏡を眺める事が多い。 某作家が言っていた。 ”手術の時どう判断して切除を行うのですか?” ”美しくないところを切除します” ”といいますと?” ”生き物の体というのは”外も中も美しいものです。病変部は見ればわかります” もちろん蓄積された経験の上の話だがとてもうんちく深い。
私の生業の一つは病理判定というものだ。切除した腫瘤が良性か悪性か炎症なのかを判定するわけだが全て”美しくない”連中だ。確かに正常なものとくらべると一目瞭然で構造が破壊されて悲鳴をあげている。 白血球が集まって何かと戦っているのが炎症。激戦を戦って死んだ彼らは”膿”となって赤く染まり組織という”街並”を破壊している。まぁ戦いが終わればそこそこ復興するわけだ。 仲間達が閉じこもった殻をつくって肥大していくのが良性腫瘍。外には出て行かないから周囲を侵すことは稀だが馬鹿でかい塊を作ることもある。自己満足の頭でっかちというところか。 塊を作る場合もあるがどんどん周囲にもぐりこんでいってしまうのが悪性腫瘍。時には脈管系にのってとんでもないところに転移する。彼らを見るとどこをみても同じものが集まっている。核をギョロッとした目玉のように血走らせている。増えすぎる自我を抑えられずに周囲へ溢れ出ていってそこでまた増えつづける。阿鼻叫喚の絵にも似て亡者達がぎゅうぎゅうに群れて手をのろのろと上げうめいているようにも見える。助けを求めてそこにいるものまで引き込んでしまうゾンビのようなものだ。
”美しいもの”とは決して単調ではない。それは”癌”である。美は一見単調な繰り返しに見えたとしてもその中に微細で多彩な協調がある。それらが命を作り上げる。
望遠鏡でみると火星の縞が見える。大きな望遠鏡なら星雲がみえる。光を集めて写真にすると色彩の豊かさに心を奪われる。それらは全て見上げる”目”から始まる。点でしかない光の中にある浪漫に惹かれているわけだ。例え今気がつかなくても。 虫眼鏡や顕微鏡でも同じ。野の花の美しさが気になる人は一度ルーペをごらん頂きたい。その小宇宙は見事の一言。それだけで普段見る世界がより深くなる。
レンズというものは素晴らしいものだ。それらによって美しいものや醜いものがよりはっきりする。なによりその経験が自分の”裸の目”でみることを鍛えてくれる。 そんな私は眼鏡の世話になっている。眼鏡とコンタクトレンズでは星空のコントラストがまるで違う。視力を落としてしまった事は本当に残念でならない。こればっかりは今となってはしかたのないことですがね。
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