私季彩々
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2001年07月25日(水) 人の為という難事 

今日は風鈴が良くなった。涼しい涼しいといっているのはどうやら私くらいでみんなは暑いらしい。札幌といえば普通の職場でもまずクーラーはない、という時代は過ぎた。貧乏大学研究室でも羽振りのいい講座は全室冷房付きだったりする。私に劣らず貧乏なはずな友人もクーラーをつけた。そんな世にうちは扇風機すらない。いいんだ、いらんもん。
 うちの田舎は北海道の太平洋側にあった。この地方は夏も涼しく浜風が割と吹くのでからっとした雰囲気がない。気温もそんなに上がらないので札幌は猛暑というイメージがある。確かに札幌は暑い時は暑いがそれだって何日かくらいだ。アイスクリームでも買って乗り切るくらいで丁度いい。

 そんななかイギリスに留学している友人が今度はインドに出かけるとのことだ。貧困層の実態調査ということ。アクティブやのぉ。猛進しとる。日々やりたい事をできるというのは素晴らしいね。そういう人には自然と援助と笑みが集まるものだ。彼はお金持ちのぼんぼんだけどそれを嫌味なく使っている。恵まれた環境をほがらかに。

 それとは逆の奴がいる。お金持ちで将来の心配のない彼はその恵みを矛盾として生きている。日々両親に対する嫌悪を吐きながらその力で過ごしている事にまた傷ついている。親が自分を縛っているという。大学を中退し、一人暮らしをし、働かず、車もバイクも持っている彼は何をすれば束縛から抜けられるのだろう。

 もう一人、どうしてもやる気の出ないという友人がいる。月2万円のバイトで暮らしていたが他は一切やらない。夏の蒸した空気がこもる部屋で座椅子にもたれてうつろな目をしていた。
 少しでもよかろうと交通整理のアルバイトを無理やり押し付けた。すると彼は元気になった。しかしあくまで収入が増えた分楽になったというだけでそれ以上の事をしない。大事な後輩の結婚式の招待状に返事を出さずパソコン関連の物を買いあさっている。式の会費を出すのが惜しいのだ。
 私は彼に良かれと思ってバイトを押し付けた。けれど中途半端な収入が彼を楽にしてしまった。昔のままだったら暮らしていけないから何かを自分で始めただろう。私はその機会を奪ったのだろうか。少なくとも大事な後輩のお祝い金をケチるような奴ではなかった。もう30になる。月に一度両親が様子を見に来る。それがとてもうざったいという。それはそうだろう。確かにそういう時期もあるだろうがいかんせん長すぎる。本人が思っているよりも周囲はずっと長く感じているものだ。

 環境は良いばかりがいいとはいえない。不満や改善点はわかりやすいステップだ。
 私はこの部屋に風鈴をつけた。それだけでもいいと思う。
 彼の部屋にも風鈴を届けたいがその前に自分でつけて欲しい。私のやった事が良かったのかどうか、今もわからない。 Home&Photo


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